「電話」
「はい、もしもし?」
電話の子機の向こうから聞き覚えのある声がして私は安心する。
「ああ、うん、私。うん、大丈夫」
お風呂から上がったばかりだから、と私は付け足す。片手で少し濡れた髪に触れる。
「元気だよ、そっちは? うん、ならよかった」
急な電話で何かあったのかと思ったが、余計な心配だったらしい。
冷蔵庫からポカリスエットを取り出して、一口飲む。体が水分を求めていたのか、その冷たさがすっと全身を抜けていく。
「うん、わかった。次の休みに帰るから」
答えながらカレンダーを覗く。来週には三日間休みがあるので、割と余裕をもって帰れそうだ。久々に手作りの温かいご飯が食べれるかと思うと頬が緩む。休みの三日間に赤ペンで丸をしておく。
「ん? うん。ああそう。お土産ね、はいはい」
駅で適当に饅頭か何か買えばいいだろう。どうせ質より量だ。
「うん、はい。じゃあまた近いうちに連絡する。うんじゃあ、またね」
おやすみという言葉を最後にぷつ、と電話が切れて、私は子機を充電器に置く。ぐっと伸びを一つして、それからベランダに出る。
高層マンションから見える街は、なんだかうすぼんやりとした星空のように見える。
田舎から都会を憧れて出てきたばかりの私には驚きの連続だった毎日も、今は日常で。馬鹿みたいに人が溢れている街の中で、一人生きていることも、当たり前になった。昔は誰かと一緒に居ることが当たり前だったのに、不思議な話だ。
一人の部屋が寂しくて、油断すると半泣きになっていた自分が懐かしくて、少しだけ笑う。
「寝るか」
肌寒くなりベランダから部屋に戻り、それからベッドに入る前にふと電話の子機を見る。
あの懐かしく、暖かい声を思い出して、私は微笑んだ。
「おやすみなさい」
10/01/09 もこ
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