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「ヤンデレコミュニケーション」


「君が欲しい」
私は呼吸するように口を開く。
「この部屋の中を、君でうめつくしたい」
彼は黙って私の言葉を聞いている。
「馬鹿みたいだし、不気味に思えるかもしれない。分かってほしいなんて言わない」
私はそっと彼の髪に触れた。
「ただ、聞いていて欲しい。私は君が欲しい」
彼は笑わず、嫌な顔もしない。ただ、私を見つめていた。
「この部屋に閉じ込めて、君の声も腕も、指先も、この髪も。君の全て、全ての醜いものだって、全て私のものにしたい」
狂っているかもしれない。そんなことは承知している。それでもいい。
「君が私を好きかどうかも、私が君を好きかどうかも、どうだっていい。ただ、君が欲しい」
それはただの物欲と何一つ変わらないのかもしれない。そこに愛はないのかもしれないけれど。
「私にとって、それが幸せなの」
なんて歪んでいるんだろう。なんて馬鹿みたいなんだろう。それでも私は、こんな私を変えられない。
「醜いよね」
自嘲気味に笑い手を離す。一度だけ深呼吸をした。彼は笑わず、嫌な顔もしない。
彼が不意に、手を伸ばした。私はびくりと体を震わす。
私の髪に、その手が触れた。
「その醜さが」
彼は呼吸するように口を開く。
「僕は欲しい」



10/03/07  もこ
 

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「creato」



水槽にはネオンの街を飼い、ベランダは時計の花が咲き誇る。マンションの下は晴天の空、見上げれば夜の色をした月と星が輝く。
私はぼんやりと木製の椅子に腰掛け、はあと溜息をついた。テレビの中に映っているリンゴが画面からはみ出す。
「あんまり中途半端に出ていると、食べられるよリンゴさん」
私が呟くように言うと、リンゴは慌てたように画面の中へ戻っていった。軽快な音を垂れ流すスピーカーから音符の飴が転がってくる。それを一つ拾おうとして、やめた。
あまり何かを口に入れる気分ではなかったからだ。
ふと天道虫が窓から一匹入ってくる。透明なグラスに彼はぴたりと張り付き、私はそれを見ていた。
「君の名前は?」
天道虫がそっと訊ねる。彼の声は随分間延びしていて、優しい。
「名前は知らないの」
「ああ、そうか。名無し子は今では珍しいものではないのだね」彼は少し間を空ける。「そのショートボブの髪は君に似合っているよ」
「ありがとう」
私はにこりと笑って、手を伸ばす。天道虫はそっと私の指に止まった。
「では、もう行くよ」
天道虫は言った。
「もう少しお話できたらいいのだけれど」
私の言葉に彼はありがとうと呟く。
「けれど、人の時間は虫には長すぎるから」
言って彼はまた窓の外へと飛んでいく。
「さようなら」
私の声は青い風になって、彼をまたどこかへ運ぶ追い風になる。
私は少し寂しくなって、俯き、そして立ち上がる。
彼の止まったグラスを持ち、そしてそれをそっと窓の外へと放り投げた。グラスはふわりと回りながらゆっくりと溶けていく。
私はまた溜息を吐きながら椅子に腰掛ける。テーブルの上の赤い花をぼんやりと眺め、それから水槽の中のネオンの街に視線を移す。
ベランダの時計の花がカチコチと時間を刻む。雨雲の空、隠れた月と星。
どこかで誰かが知らない名前を呼んだ。
誰も知らない、誰かの名前。


10/03/05  もこ
 

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「失恋」


「別れようと思う」
不意に彼がそう言ったので何のことかわからずぽかんと口を開ける。
「え、なんて?」
「別れよう」
彼のきっぱりと言い切る言葉が頭の中で反芻する。
「そんな、なんで」
「なんでもなにも、ないだろ」
彼はタバコを一本咥え火を点ける。宙に舞う煙はゆっくりと空気に溶けていく。
「でも、そんな、いきなり」
「もう無理だなって。わかるだろ、世間体とか」
彼はじっとこちらを見つめてくる。自分の顔が引きつっているのが分かる。
何も言えず、しばらく沈黙が流れた。
「悪い」そう言って彼はさっと立ち上がった。「そういうことだから、もう会えない」
彼は携帯灰皿にタバコを突っ込み、そしてゆっくりと歩いていく。
待って、と口に出そうになるのを堪え、俯いた。自分には何も言う権利はない。彼の言葉は正しい。付き合って三ヶ月、何となくではあるけれど、もうこの関係を維持できないという直感があった。そして自分はそれを必死に留めようとしていた。
彼がそれを疎ましく思っているのも理解していながら。
だから自分には彼を留める権利はない。好きというだけで永遠に恋人で居られるわけはないのだ。
泣きそうになるのを堪え、息を吐く。
「また、ふられちゃったな」
声に出して言うとまだ気分が晴れた。髪をぼさぼさとかき、はあと溜息を吐いた。
「男好きになるのは、つらいなあ」
何がつらいと聞かれれば、そりゃあ色々なのだけれど。
「俺も男だもんな、しょうがないよな」
ふられるたびにそう思いながら、自分が好きになるのは同性で。
結局自分はそういう風にしか恋ができないのだし、きっと仕方ないのだろう。今は辛い気持ちを噛み締めて、思い出に浸ればいい。
僕はゆっくりと彼とお揃いの柄のタバコを咥え、火を点けた。
宙に舞う煙は、風に流されて遠くへと消えていった。



10/03/03  もこ
 

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「マーブルチョコレート」


駅の中央改札はもう九時を過ぎるのに込み合っていて、騒がしい。
私と彼はそこから少し離れた、丁度駅前の電波塔やライトアップされたビル群が見えるベンチに座っていた。
「チョコ、食べるか?」
夜風が冷たくて首をすぼめていると、横からマーブルチョコレートの筒を差し出された。ども、と頭を下げながら手を広げる。
どばっと、色鮮やかなチョコが片手に山盛りになる。
「ごめん、出過ぎた」
平坦な口調で彼は言いながらほぼ空になったらしい筒をポケットに仕舞い、私の手を皿代わりにぱくぱくと彼はチョコを口に運ぶ。
私も余った手でそれを口に放り込んだ。じわりと溶けるそれは甘く、口の中に広がっていく。
「マーブルチョコレート」
「うん?」
「マーブルチョコレートで例えると、私は何色?」
「オレンジ」
彼が即答するので私は驚いた。
「どうして?」
「オレンジが似合うから?」
彼はそう言って私の手の中からオレンジ色のチョコを口に入れた。
「じゃあ、自分は何色?」
「さあ、水色かな」
「適当言ってるんじゃないですか」
私がむっとして訊くと、彼は肩をすくめる。
「問題の意味がわからないから」
そう言ってホットのミルクティーを飲みながら、はあと息を吐いた彼は私をじっと見つめる。白くなった息が風に乗って消えていく。
「でもまあ、別に適当なつもりもないけど」
「そうなんですか?」
「オレンジ、似合ってるよ」
彼はまた一つチョコを食べながら言った。私は照れ臭くてマフラーに顔を埋める。水色も似合ってますよ、とは言えそうもなかった。
すっと視線を自分の手の平に向ける。
手の平の上のマーブルチョコレートは宝石みたいで綺麗だった。顔を上げて見えるビル群のきらびやかなライトよりも、月に伸びるような電波塔よりも、私はこの小さなチョコレートを綺麗だと思う。
それは多分、彼がいつもこの宝石を食べていて、私はそれを隣で見続けていたから。
なんだかじっと見つめていると泣いてしまいそうで、私はそれを一気に口に含んだ。
「どうした?」
「別に」
もごもごと口を動かしながら私は俯く。
「そっか」
彼はそう言うと、不意に立ち上がりぐっと背伸びをした。
「そろそろ、時間だから」
「はい」
私は立ち上がって、彼の顔を見た。
「これ、やるよ」
彼はポケットからマーブルチョコレートの筒を取り出し、私に差し出す。
「空じゃないんですか」
「ちょっとだけあるよ」
彼はそう言って、無理やり私のポケットにそれを入れた。それからすっと笑う。
「元気でな」
「そっちも、元気で」
私がそう言うと彼は大きいキャリーバッグを転がしながら、まだ人がざわめき合っている中央改札を抜けていく。振り返ることなく、颯爽と真っ直ぐに。
最後までカッコいい人だな、なんて少しだけ苦笑した。未練がましさなんて一つも感じないその姿に、悔しいけれど私は今も惚れている。
彼の姿が見えなくなったところでベンチに一人座り直した。寒くはあったけれど、すぐに帰る気にもならずポケットに手を突っ込むと、彼が無理やり渡してきたマーブルチョコレートの筒に指が触れた。
取り出し蓋を開けると、中から二つだけ残っていたらしいチョコがからからと音と立てて私の手の平に転がってくる。
「ああ」
声が漏れる。
オレンジと水色の宝石を、私はぎゅっと握りしめた。



10/03/02  もこ

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「空から見下ろす街と、君」


ばたん、と扉が閉まる。
座席に座りふう、と息を吐いた。
「久しぶりだね」
「うん」
彼女が嬉しそうに微笑むので、僕は照れながら頷く。徐々に窓の外の視界が空へと昇っていく。一ヶ月ぶりの対面もある所為か、彼女が可愛く見えて仕方がない。
いつものスカートと白いブラウスが、僕の胸を焦がす。
「背、伸びた?」
「どうだろ、伸びてるといいけど」
「成長期だから、きっと伸びてるよ。前よりすらっとして見える」
彼女はそう言って微笑む。僕はありがと、と呟き、そっと目を窓の外に移した。夕暮れに包まれる街が一望できるくらいの高さに、僕は少しだけぞくりとする。
「今日は、夕日がきれい」
彼女はそうぽつり、と漏らした。
「いつもより?」
「そうね。毎日乗っていると、ちょっとずつ小さな変化が分かるようになるの」
「今日は、夕日がきれい?」
「そう。昨日は曇り空の裂け目から漏れる光の加減がきれい。一昨日は西と東の空のグラデーションがきれい。明日は、きっと朝日がとってもきれい」
「どうして? 明日の天気が、わかるの?」
僕が尋ねると、彼女はうーんと首を捻った。
「なんとなく、かしら?」
「ふうん」僕は街を見下ろす。「一緒に朝日、見てみたいな」
「そうだね」
彼女が微笑む空気が、彼女の顔を見なくとも伝わってくる。その度に僕の心はざわざわと揺らぐ。
丁度、ゴンドラはてっぺんに辿り着く。焼けるような赤に包まれるその街は本当にきれいで、その光に目が眩む。
「ここからの景色、すきだな」
ぽつり、呟くと彼女はうん、と頷いてくれた。
「わたしも、すきよ」
その言葉にどきりとして、彼女の方を向く。彼女は微笑みながら、街を見ていた。
「うん」
僕は静かに頷きながら、赤色に染まる彼女のその輪郭をぼんやりと眺めていた。その姿は美しく、尊く、この世の全てのようにも思えた。
やがて夕日が沈み、深い群青色が空を覆い始める。観覧車はゆっくりと地上に戻っていく。
「もう、今日はおしまいか」
僕が呟くと、彼女は名残惜しそうに、うん、と笑う。
「また、来てくれる?」
「きっと」
僕は笑い、そして彼女の手に触れる。僕の手は彼女の手をすり抜ける。
彼女は悲しそうに笑う。
「必ずよ」
ゴンドラが降り場へと到着する。係員が扉を開けた。
僕は立ち上がる。
「必ず」
僕は係員に気付かぬよう呟いて、ゴンドラを降りた。冷たい風が、僕の首筋を抜けていく。叶わぬ恋を笑うような、寒々しい空気に僕は目を細める。
触れたい。そう思うたびに、胸が締め付けられる。僕が彼女に触れる事は、多分永遠に叶わないのだから。
一度だけ振り向いて、先程まで乗っていたゴンドラを眺める。それはいつのまにか、僕の背では届かない高さにまで昇っていた。観覧車は回り続け、僕と彼女を遠ざける。ゆっくりと、でも、確実に。
僕は、観覧車に住む幽霊に恋をしている。
その事実だけが、決して僕から遠ざかる事無く、胸に渦巻き続けている。
そんな気がした。

10/02/21  もこ

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