「アップルパイ」
「アップルパイが食べたいなあ」
私がぼんやりと呟くと、彼はうーんと頭を掻く。
「俺も食べたいけど」
「けど?」
「作り方、わかんないからなあ」
「そうねえ」
私は頷きながらマグの中のココアを覗く。湯気が私の顔を撫でるように消えていく。
「でも市販品て気持ちでもないよなあ」
「というか外に出るのが億劫」
窓の外は随分雪が降っていて、部屋の中も随分肌寒い。
「うーん、まあたまには私も女の子らしくお菓子作りでもしようかな」
彼は嬉しそうにおお、と声を上げた。
「でも作り方、分かるのか」
「そこはほら、アドリブでなんとか」
私が笑うと彼は少し眉を寄せて、大丈夫かなと呟いた。
「平気平気」
私は言いながら棚から小麦粉やら砂糖やらを取り出す。冷蔵庫からは卵と牛乳、バターを取り出して、ふと気付く。
「そういえばリンゴがない」
「一番大事じゃないか」
「うーん、仕方ないな」
私はぱちんと指を鳴らす。
ぽん、とクラッカーのような小気味のいい音がしてリンゴがテーブルに落ちてきた。「よし」材料があらかた揃ったところで私は頷く。「じゃあやりますか」
テーブルの上に大きめの皿を置き、ぱん、と手の平を打つと、材料が空中に浮き上がった。私はそれらを指差して腕をくるくると回す。回せば回すほどそれに合わせて材料が空中で混ざりあう。ある程度したところで私は頭の中でふっくらと焼き上がったアップルパイをイメージし、最後にもう一度手の平を打った。
ぼん、と大きな音がして煙が立つ。皿の上にぼとん、焼き立てほかほかのアップルパイが落ちてくる。
「できた!」
私は小さくガッツポーズをして、彼を見る。と、珍しく小さく口を開き、あり得ない物を見るように私を見ていた。
「なに、その目」
私が訪ねると彼はふるふると首を振り、言った。
「それは、お菓子作りじゃない、別の何かだ」
10/01/07 もこ
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