「星になった人」
「あなたが生まれる、何十年も前の話よ」
うん、と私は頷きながらお茶を飲む。縁側は随分暖かくて、私と婆ちゃんは二人並んで小さな桜を眺める。
「その人は、ね。とても素敵な人だった。馬鹿だったし、鈍感だったけれど」
お婆ちゃんはいつものようにはっきりとした声で喋る。もう随分歳のはずなのだが、老いを感じないその顔は私によく似ている。
「学生のときに出会って、恋をして、喧嘩もしたけれどね」
くすくすと笑うお婆ちゃんは美人だと思う。きっと昔は大層モテたのだろう。
「その人はね、パイロットになるんだーって、宇宙学校に行っちゃって、私の待っても聞かないで星になっちゃったの」
「私のおじいちゃんってことだよね」
「そう。あなたの母親が私のお腹に居るって分かったのは、もう彼はこの星に居なかった」
「それでも、お母さんを産んだの?」
「あの人が残してくれた唯一だったの。あの子が、あなたの母親が私と彼の繋がりだった。だから手放したくなかった。それくらい私は彼が好きだったの。そういう気持ち、分かるかしら」
お婆ちゃんは私の方を見て、静かに笑った。
「うん、わかるよ」
お婆ちゃんがお母さんを産んでくれたから、今私はここに居れる。それはこの大きい世界の中で本当に奇跡みたいなことだと思う。
「でも、それだけがあなたの母親を産んだ理由じゃないのよ」お婆ちゃんはお茶をゆっくりとすすった。「彼はね、出発の前に私に一つだけ約束してくれたの」
私ははてなと首をかしげ、尋ねる。
「どんな?」
「必ず私のいる場所に帰ってくるって。そのときは、おかえりなさいと言って欲しいって。だから私は彼を信じた」
遠くの空をお婆ちゃんはじっと見ていた。
「なんだか、素敵な話」
「それでね」お婆ちゃんはそっと立ち上がった。「今日、彼が帰ってくる日なの」
「え?」
私が声を上げたと同時に、すっと縁側に黒い影が落ちた。
飛行用の球体ユニットに乗った青年が、縁側にゆっくりと降り立つ。私が慌ててお婆ちゃんを見ると、彼女は優しくその青年を見て微笑んでいた。
「おかえりなさい」
お婆ちゃんが笑い、青年が言う。
「ただいま」
10/01/03 もこ
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