「死の呪文」
「ザキ!」
「はい?」
漫画を読んでいる僕に対して、いきなり彼女は叫んだ。彼女はというと先ほどまでスーパーファミコンのコントローラーを握っていたのだが、今テレビ画面には色とりどりのドットが黒の背景に散らばっていて、どうもゲームをしている様子はない。ついでに不気味かつ耳障りな電子音がTVから鳴り響いているのは何故だ。
「なに」
僕が尋ねると、彼女は何故か不貞腐れたように答える。
「呪文」
「なんの」
「ドラクエ」
知らないよ、と僕はため息を吐いた。ゲームに縁のない人生を生きてきた僕には、ドラクエがそこそこ有名なRPGであるくらいの知識しかないのだ。
「うっそアンタドラクエしたことないの? ザキ知らないの? それでもゆとり世代なの?」
「なんだその引くわーみたいな目は」
「引くわー」
彼女はすっと身を引くように僕から遠ざかる。僕は肩をすくめて、はいはいと適当に返事をする。
「それで、なに。この画面、どうしたの」
「いきなり、ばぐった」
うう、と彼女は呻く。
「ふうん。古いゲームだし仕方ないんじゃないのか」
「やっとゲマ倒したのに、またレベル上げなきゃじゃないのよ」
「知らないよ、誰だよゲマ」
彼女は僕の疑問に答えずううう、とコントローラーを握りしめ芋虫のように丸くなった。
「あんまり引きこもってないで、たまには外出ろよ。ゲームばっかやってると体が腐るぞ」
「うっさいなあ、分かったよ」
しぶしぶ彼女はスーパーファミコンの電源を落とす。TVの画面が真っ黒に戻り、不愉快なBGMが消える。
彼女はTVの電源を落とし、タンスの中のカーディガンを羽織った。
「コンビニにでも行ってくる」
「じゃあ今週のジャンプ買ってきて」
「ザキ!」
彼女はまた僕に向かって意味不明な呪文を唱え、玄関に向かう。
「さっきから、その呪文、どういう意味なんだよ」
僕は見送りついでに、靴を履いている彼女に尋ねた。彼女はむすっとした顔で振り向いて、
「好きな相手を回復させる呪文よ」
ばたんと部屋から出ていった。
「なんだよ、好きなら好きって言えばいいのに」
なんだか僕は気恥ずかしくて、頭を掻きながら確認するように唱えた。
「ザキ」
10/01/04 もこ
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