「空から見下ろす街と、君」
ばたん、と扉が閉まる。
座席に座りふう、と息を吐いた。
「久しぶりだね」
「うん」
彼女が嬉しそうに微笑むので、僕は照れながら頷く。徐々に窓の外の視界が空へと昇っていく。一ヶ月ぶりの対面もある所為か、彼女が可愛く見えて仕方がない。
いつものスカートと白いブラウスが、僕の胸を焦がす。
「背、伸びた?」
「どうだろ、伸びてるといいけど」
「成長期だから、きっと伸びてるよ。前よりすらっとして見える」
彼女はそう言って微笑む。僕はありがと、と呟き、そっと目を窓の外に移した。夕暮れに包まれる街が一望できるくらいの高さに、僕は少しだけぞくりとする。
「今日は、夕日がきれい」
彼女はそうぽつり、と漏らした。
「いつもより?」
「そうね。毎日乗っていると、ちょっとずつ小さな変化が分かるようになるの」
「今日は、夕日がきれい?」
「そう。昨日は曇り空の裂け目から漏れる光の加減がきれい。一昨日は西と東の空のグラデーションがきれい。明日は、きっと朝日がとってもきれい」
「どうして? 明日の天気が、わかるの?」
僕が尋ねると、彼女はうーんと首を捻った。
「なんとなく、かしら?」
「ふうん」僕は街を見下ろす。「一緒に朝日、見てみたいな」
「そうだね」
彼女が微笑む空気が、彼女の顔を見なくとも伝わってくる。その度に僕の心はざわざわと揺らぐ。
丁度、ゴンドラはてっぺんに辿り着く。焼けるような赤に包まれるその街は本当にきれいで、その光に目が眩む。
「ここからの景色、すきだな」
ぽつり、呟くと彼女はうん、と頷いてくれた。
「わたしも、すきよ」
その言葉にどきりとして、彼女の方を向く。彼女は微笑みながら、街を見ていた。
「うん」
僕は静かに頷きながら、赤色に染まる彼女のその輪郭をぼんやりと眺めていた。その姿は美しく、尊く、この世の全てのようにも思えた。
やがて夕日が沈み、深い群青色が空を覆い始める。観覧車はゆっくりと地上に戻っていく。
「もう、今日はおしまいか」
僕が呟くと、彼女は名残惜しそうに、うん、と笑う。
「また、来てくれる?」
「きっと」
僕は笑い、そして彼女の手に触れる。僕の手は彼女の手をすり抜ける。
彼女は悲しそうに笑う。
「必ずよ」
ゴンドラが降り場へと到着する。係員が扉を開けた。
僕は立ち上がる。
「必ず」
僕は係員に気付かぬよう呟いて、ゴンドラを降りた。冷たい風が、僕の首筋を抜けていく。叶わぬ恋を笑うような、寒々しい空気に僕は目を細める。
触れたい。そう思うたびに、胸が締め付けられる。僕が彼女に触れる事は、多分永遠に叶わないのだから。
一度だけ振り向いて、先程まで乗っていたゴンドラを眺める。それはいつのまにか、僕の背では届かない高さにまで昇っていた。観覧車は回り続け、僕と彼女を遠ざける。ゆっくりと、でも、確実に。
僕は、観覧車に住む幽霊に恋をしている。
その事実だけが、決して僕から遠ざかる事無く、胸に渦巻き続けている。
そんな気がした。
10/02/21 もこ
PR