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「マーブルチョコレート」


駅の中央改札はもう九時を過ぎるのに込み合っていて、騒がしい。
私と彼はそこから少し離れた、丁度駅前の電波塔やライトアップされたビル群が見えるベンチに座っていた。
「チョコ、食べるか?」
夜風が冷たくて首をすぼめていると、横からマーブルチョコレートの筒を差し出された。ども、と頭を下げながら手を広げる。
どばっと、色鮮やかなチョコが片手に山盛りになる。
「ごめん、出過ぎた」
平坦な口調で彼は言いながらほぼ空になったらしい筒をポケットに仕舞い、私の手を皿代わりにぱくぱくと彼はチョコを口に運ぶ。
私も余った手でそれを口に放り込んだ。じわりと溶けるそれは甘く、口の中に広がっていく。
「マーブルチョコレート」
「うん?」
「マーブルチョコレートで例えると、私は何色?」
「オレンジ」
彼が即答するので私は驚いた。
「どうして?」
「オレンジが似合うから?」
彼はそう言って私の手の中からオレンジ色のチョコを口に入れた。
「じゃあ、自分は何色?」
「さあ、水色かな」
「適当言ってるんじゃないですか」
私がむっとして訊くと、彼は肩をすくめる。
「問題の意味がわからないから」
そう言ってホットのミルクティーを飲みながら、はあと息を吐いた彼は私をじっと見つめる。白くなった息が風に乗って消えていく。
「でもまあ、別に適当なつもりもないけど」
「そうなんですか?」
「オレンジ、似合ってるよ」
彼はまた一つチョコを食べながら言った。私は照れ臭くてマフラーに顔を埋める。水色も似合ってますよ、とは言えそうもなかった。
すっと視線を自分の手の平に向ける。
手の平の上のマーブルチョコレートは宝石みたいで綺麗だった。顔を上げて見えるビル群のきらびやかなライトよりも、月に伸びるような電波塔よりも、私はこの小さなチョコレートを綺麗だと思う。
それは多分、彼がいつもこの宝石を食べていて、私はそれを隣で見続けていたから。
なんだかじっと見つめていると泣いてしまいそうで、私はそれを一気に口に含んだ。
「どうした?」
「別に」
もごもごと口を動かしながら私は俯く。
「そっか」
彼はそう言うと、不意に立ち上がりぐっと背伸びをした。
「そろそろ、時間だから」
「はい」
私は立ち上がって、彼の顔を見た。
「これ、やるよ」
彼はポケットからマーブルチョコレートの筒を取り出し、私に差し出す。
「空じゃないんですか」
「ちょっとだけあるよ」
彼はそう言って、無理やり私のポケットにそれを入れた。それからすっと笑う。
「元気でな」
「そっちも、元気で」
私がそう言うと彼は大きいキャリーバッグを転がしながら、まだ人がざわめき合っている中央改札を抜けていく。振り返ることなく、颯爽と真っ直ぐに。
最後までカッコいい人だな、なんて少しだけ苦笑した。未練がましさなんて一つも感じないその姿に、悔しいけれど私は今も惚れている。
彼の姿が見えなくなったところでベンチに一人座り直した。寒くはあったけれど、すぐに帰る気にもならずポケットに手を突っ込むと、彼が無理やり渡してきたマーブルチョコレートの筒に指が触れた。
取り出し蓋を開けると、中から二つだけ残っていたらしいチョコがからからと音と立てて私の手の平に転がってくる。
「ああ」
声が漏れる。
オレンジと水色の宝石を、私はぎゅっと握りしめた。



10/03/02  もこ

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