「友人」
「ほら、これかわいくない?」
喫茶店の席、彼女は注文した紅茶を一口だけ飲み、ジッポを差し出してくる。私はまだ熱いコーヒーに砂糖を加えながらじっとそれを見る。
「なにこれ」
ジッポには小さなハートマークがついていた。シンプルだけれど、丁寧で凝っているデザインに見えた。
「かわいいっしょ」
「うん、可愛いんだけど」
へへ、と誇らしげに笑う彼女に、私は尋ねる。
「あんたタバコ吸わないよね」
へへ、と恥ずかしげに笑う彼女に、私は飽きれる。
「またそんな要らないもの買ったの?」
「違うよ、買ったんじゃなくてー。なんかねー、貰った」
「貰った? 誰に」
彼女はんー、と口元に手を当てた。その仕草は純粋そのもので、彼女の天性の可愛らしさみたいなものを強調する。
「なんかね、へんな人」
「ちょっと、へんな人って誰よ」
私が焦って尋ねると、彼女はふるふると首を振った。
「そんな怪しい人じゃないよ、心配性だなあ」
彼女はそう言って笑うけれど、今まで何度か男関係で苦い思いをしている彼女だからこそ、私は珍しく他人に心配なんてしているのだろう。
「なんかさ、毎月市内のほうでフリマやってるの知ってる?」
「ああ、うん」
毎月第三土曜に開催されている小規模なフリマは、老若男女を問わず、割と盛況と聞いたことがあるけれど。
「そこで一人で色々出してる女の子が居たの。すっごい可愛い人。アクセサリーとか売ってたんだけど。その人が、なんか無料でプレゼントって」
「へんな人って。女の子なら最初から女の子って言えばいいじゃないの」
「だってなんかへんな人だったんだもん。年上にも年下にも見えるって感じで、何考えてるのかなーって感じ。でもいい人だったけど」
「そう、なら、いいけど」
この子にしてみればこの世の大体の人はいい人になってしまうだろうから、私は話半分に頷いておく。
もう舌を火傷しない程度には冷めたコーヒーを一口飲み、カップが音をたてないように置いた。
「で、その変な子がくれた、と」
「うん。お守りなんだって。限定五個。凄くない?」
「別にブランドでもなんでもないじゃん」
「いいんだよ。気持ち気持ち。私これ可愛くて好きだし」
ふうん、と私は頷きながらお人好しだなあと溜息を吐いた。
どこの誰とも分からない女の子が配っていたジッポで、そんなに喜ぶだなんて。
けれど、彼女が嬉しそうにジッポを眺めながら微笑んだりしているところを見ると、やっぱり私はこの子のことが好きだなあと思う。
ずっと傍にいるわけでも離れるわけでもない、家族でも恋人でもない独特の距離感。彼女と私の間にあるこの感じを友情と呼ぶなら、多分私にとって本当に大切な友達は彼女一人だろう。
淡々と物事を受け取り、適当に受け流す私にとって、彼女の純正のまっすぐさ、や人を疑わないとことは衝撃的だった。他人から見れば馬鹿で間抜けに見えるかもしれないそれを、私はとても美しいと思う。
もちろんその天真爛漫を絵に描いたような姿を面倒だと思うことはあるのだけれど。
その煩わしさも含めて、私は彼女を友人だと思う。
コーヒーを飲む。彼女を見つめる。
ふと、彼女が私の視線に気づいたように、ジッポから目を離し私を見つめた。
「なに、なんで見てるの?」
「紅茶」
すっと彼女の前のカップを指す。
「冷めるよ」
「おわっと」
彼女はジッポをテーブルに置いて、慌てたようにカップを手に取る。
もう温くなっただろうそれを飲みながら、彼女は微笑む。
「ありがと」
「どういたしまして」
私は答えながらコーヒーを飲みきった。カップを置き、それからテーブルに置かれたジッポをすっと手に取る。
「で、お守りって言ってたけど。何のお守り?」
私が尋ねると、彼女はふふっと嬉しそうに笑った。
「ずっと、友達で居れますように、って」
カップで口を隠しながらはにかむ彼女が可愛くて、なんだかなあと私は照れた。
10/02/12 もこ
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