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「決断」


「ごめん。仕事中に」
僕の勤める工場の前のベンチで彼女は待っていた。僕は汚れたツナギ姿で彼女の隣に座った。
「いいよ、何?」
「うん」
彼女はぐっとベンチの背もたれに体を預け、猫みたいに大きく伸びをする。それからまた小さく丸まり、はあとため息を吐いた。それは彼女が何か悩みを打ち明ける前の癖のようなものなので、僕は気にしない。
「親と喧嘩したの」
ぶっきらぼうに彼女は言った。
「進路?」
「それもあるけど」彼女は悲しそうな顔をして、しばらく俯いた。「しばらくお説教して、私が話聞かないって分かるとあの人君の悪口言いだしたのよ」
「どんな?」
「あんな頭の悪そうな男と付き合うなって。君のこと、不良か何かだと思ってるの。馬鹿みたい。真面目に話したこともないくせに人の人格を決め付けるなんて」
僕は別に賢いわけじゃないし、学校にも行っていないので不良と言えなくもない。正直彼女の親の言い分は合っている。そういった評価を僕は受ける風貌をしているし、言われ馴れた評価なので傷つきはしない。
けれど、感情的な彼女にそんなことを言うと、火に油を注ぐようなものなので僕は頷くだけにしておく。
「成績優秀なインテリが頭良いなんて考え、旧時代的じゃない。私は年中参考書しか見ないで生きてる人より、多少馬鹿でも他人ときちんと向き合える人の方が賢いと思う」
「そうかもしれない」
工場の親父達は下品で偏屈だけれど、高校に行っていない俺を馬鹿にしないで怒ったり誉めたりしてくれる。彼らのそんなところはニュースで見るような偉ぶった政治家やどこぞの社長よりよっぽどまともな大人の姿に見える。
彼女は少し感情的になっている自分に気づいたらしく、一つ深く息を吸った。それから、ゆっくりと確かめるように口を開く。
「私は教科書や参考書しか知らない人生なんて嫌。もちろんそんなつまんない人と一緒に居るのも。でも分かってくれなかった」
「難しいね」
「あの人たち、特にお母さんが私を心配なのは分かってるし、それが幸せだとも思う。だから板挟みなの。私は自分でちゃんと選べると思っているけれど、まだ子供で、何も見えてないし。でも決まり切った人生なんて幸せになれない」
はあと彼女は溜息を吐いて、それからベンチの上に体育座りになる。
「君の悪口を言ったことは許せない。でも今までずっと面倒を見てくれた人たちを悲しませたりもしたくない」
それからしばらく彼女は俯いて、何も言わなかった。僕は頭が悪い。だから彼女にかけてあげられる言葉が分からない。黙って傍に居る、それが僕にできる唯一だ。背後の工場から、機材が動く耳障りな音が聞こえてくる。
「でも、選ばないといけない」
ぽつりと彼女は言った。
「うん?」
「適当に流されて、曖昧にして、決めないままにしちゃ、いけないでしょう」
「人生は、決断しなければ変わらない」
僕がそう言うと、彼女はふっと顔を上げ、微笑む。それはいつか彼女が僕に言った言葉だ。中学に馴染めず、だらだらと適当な毎日を過ごしていた僕を変えた言葉だ。あの時から彼女の持つ透き通った強さは変わらない。
「ありがと」
彼女はそっとベンチから立ち上がる。
「頑張る。分かってもらえなくても、ちゃんと言わなきゃ。ちゃんと決めなきゃ」
「うん」
「話、聞いてくれてありがと。また来るね」
いつものような、地面を確かに踏み締めるような歩き方で彼女は去っていく。僕はよっと声を上げながらベンチから立ち上がる。
後ろを振り向くと、機材をいつのまにか止めて親父たちがにやにやと僕の方を見ていた。
きっとまた下品な質問をして、彼らはげらげらと笑うだろう。
でも僕は彼女のお陰で彼らに出会い、たくさんを学んだ。僕のこの人生は彼女が居たからこそ在るものだ。
後悔はない。多分これからも、そうだろう。
僕は決断する。
彼女も決断する。
それが人生だ。
その決断の先に何があっても、僕達は後悔して逃げたりしない。
その先にある選択を、また決断するのだ。


09/12/18 もこ
 

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