忍者ブログ
リンク
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「前の席」


「うおーい」
「はい!?」
私は驚いてがたんと座っていた椅子を鳴らす。
「何そのマフラー」
目の前に立っている彼女は、いつもの面白げのなさそうな顔で私を見ていた。
「あ、おはよ」
「おはよう。なんでそんな長いの巻いてんの」
「いや、なんか昨日の夜、落ち着かなくて」
気付いたら自分の身長を軽く超すほどの長さになってしまっていたのだ。で、使わないのは勿体無くて自分の顔が半分くらい隠れるそれを今巻いているのである。
「やっぱ自作なのね。長いの可愛いけどさあ」
彼女は私の前の席にぼすんと腰を下ろし、片肘を机についた。
「最近なんかあった? ずっとそわそわしてない?」
「それは、うん。自分でも分かってるんだけど」
「ふうん?」
彼女はどこか物知り顔な様子で、私の顔をまじまじと見てくる。私はなんだか見られるのが恥ずかしくて上目になりながら俯いた。
しばらく彼女は沈黙して、それから溜息を吐く。
「あんた、恋してんのね」
「ああ」
ものすごく間抜けな声が自分の耳に届いた。彼女は呆れた顔で私を見ている。
「何その声。自分で意識してなかったの?」
「いや、なんとなく。でも、確信がないというか、自信が持てないというか」
私が曖昧に言うと、彼女は自分の髪の毛をいじりながらふうんと頷いた。
「まあ誰とかは聞かないけど。あんたが言いたくなった時に聞くわ」
「ありがとう」
彼女はそっけなく、別に、と言って自分の鞄からペンケースと携帯を取り出す。彼女は何事にも飄々とした、どうでもよさそうな態度を取るけれどそれは遠回しの彼女の気遣いなのだと私は思う。だからあえて何も聞いたりしない、彼女のそういう優しさがうれしかった。
「まだ、はっきりしてないの。好きとか、嫌いとか」
「うん」
「だから、もう少し話したりして、考える」
彼女はそう、と鏡を見ながら微かに笑った。
「何はともあれ、後悔ないようにね。どうせ初恋でしょうが」
私は苦笑しながら頷いた。
と、がらがらと教室の扉が開いて、見覚えのマフラーを巻いた彼が入ってくる。不意に目が合って、彼はふっと笑った。
「おっす」
「お、おはよう」
私が答えると、彼は満足げにふらふらと自分の席に向かっていく。
あからさまに意識しているような声になってしまって、自分の顔が紅潮する。
平常を装おうと、マフラーに顔を埋め俯いた。
幸い彼は気付かなかったようで、鞄を机に置いて廊下で喋っているクラスメイト達の方に歩いて行った。
ほっと息を吐き、顔を上げたと同時に、
「分かりやすいなあ」
前の席から楽しげな声が聞こえて私はまた顔を赤くした。


10/01/01 もこ
 

拍手

PR
ブログ一部設定変更 HOME 一年間お疲れ様です