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「黒い影」



「ふあ」
彼女は大きくあくびをもらし、それから一眼レフを構えなおす。
「夜明け前に起きるのって、つらいねえ」
「いや、まったく」
彼女に付き合わされて起きている自分が馬鹿らしい。マンションの屋上はまだ肌寒い空気が首筋をかすめていく。
「ごめんって。でも、予報じゃあ今日の今ぐらいがここ通りすぎる時間なんだよ」
「何回も聞いた」
別に謝られても困るので、僕はそっぽを向く。空はまだ仄暗い群青色に包まれていて、けれど東の空はほのかに白くなり始めている。
「たまには早起きするのもいいだろ」
「ありがと」
彼女はにひっと笑って、腕時計を覗く。
「もう、そろそろかな」
「あー、あれか?」
遠くの空にぼんやりと黒い点がぽつぽつと見え始めた。
「来た! 来た、絶対あれだ!」
彼女は興奮したように声をあげ、一眼レフのファインダーを覗く。
黒い点は徐々に近づきながら増えていく。
「うへ、すごいいっぱい居るなあ」
「こんなに大移動するのは、珍しいよね。やっぱりそういうの、撮っとかないと」
彼女は嬉しそうに笑い、僕はこくりと頷きながら目を凝らして黒い点を見つめる。
「ああー、見えてきた」
「一瞬で通り過ぎるから、ちょっと待って」
集中するように息をとめ、じっと空に向けて彼女はレンズを構える。
と、太陽が昇り、辺りに光がつつまれる。
眩しさに、目を細めた瞬間、びゅっと風が鳴った。
細く閉じかけた瞳の向こう側で、何百匹という黒い影が南から北へと物凄い勢いで通り過ぎて行く。
「あ」
と言う間に、黒い影の集団は僕と彼女の頭上を越えて、北の空へ消えていく。その最後の一匹を、僕は見つめた。
羽を広げ、ジェット機のようなスピードで飛ぶその姿は、とても神秘的だった。
と、その一匹を追いかけるように彼女の一眼レフのシャッター音が、一度だけ聞こえる。
僕は黒い影を点になるまで見つめ、それから彼女に振りかえる。
「ほんとに、一瞬だったな」
彼女はほう、と息と吐きながら構えた一眼レフを下ろし、それからふるふると震えながら口を開いた。
「一枚しか、撮れなかった」
「だな。シャッター音、一回しか聞こえなかったし」
「見るの怖いなあ、失敗だったらどうしよう」
彼女は言いながらボタンを操作し、ディスプレイを覗く。
「う、うーん?」
「どれ?」
曖昧な声で彼女が呻くので、僕は隣に立ってディスプレイを見る。そこに写っている画像は、真っ白の背景に羽を広げて飛ぶ黒い影だった。
まさに、僕が見たままの写真で、僕は驚く。
「これじゃ、飛んでるのが何か、わかんなくない?」
彼女は少し不安そうに言うので、僕は微笑んで首を振った。
「大丈夫」
「ほんとに?」
僕は頷いて、もう一度ディスプレイを見直した。
そこには、はっきりと、空を飛ぶペンギンの影が写っていた。


10/01/23  もこ
 

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