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「まどろみ」



気だるいまどろみから、すっと目を覚ます。
朝食をとったあと、ソファで少し眠っていたらしい。時計は一時間ほど経っていることを示す。
立ち上がり、ぐっと体を伸ばしたと同時に、チャイムがなる。僕はすっと部屋を見回し、それから玄関に向かいドアを開ける。
「おはよう」
「ん、おはよ」
彼女はいつも通りに僕を見て、にこやかに微笑んだ。
「どうぞ」
僕は彼女を部屋に招きいれ、
「どうも」
と彼女は先ほどまで僕が寝ていたソファに座る。僕はキッチンに向かい牛乳をマグカップに注ぎ、電子レンジに入れる。
「聞いて」
「うん?」
「彼と別れたの」
言う割にずいぶん嬉しそうなのは、今まで散々「彼」の愚痴をここで僕に言ってきたからで、彼女的にはもう鬱陶しいと思うような相手だったからだろう。
「そう、よかった」
話半分に聞いていても今回の「彼」はひどかったので、彼女が無事別れることができて、僕は安心する。電子レンジがぴーっと鳴り、僕はマグを取り出して少しだけ蜂蜜を垂らし、それをソファに座る彼女に渡す。
ありがと、と彼女は言ってすっとそれを飲んだ。僕は彼女の隣にゆっくりと座る。
「ごめんね、色々愚痴って」
「いや、別に僕は構わないけれど」
「ありがと」
彼女は微笑み、それからすっと僕の肩にもたれかかる。彼女の柔らかい感触が、静かに伝わってくる。
「あなたと付き合えたら、よかったのに」
うん、と僕は頷く。
「でも、きっとそうじゃないのよね」
彼女は少し寂しげに言う。
今までに何度となく繰り返されたやり取りには、分かり切っているからこそのもどかしさがある。
僕は彼女が好きだ。そして彼女もまた、僕が好きなのだと思う。
そしてそれは友愛とも恋愛とも親愛とも言える、複雑な感情だった。寄り添い合うことがあれば、別の誰かと肌を重ねることもある自分達には、何度も「付き合う」に至らない事実を確かめ合う他には互いを好きと伝える手段がないようにも思えた。もちろん、口に出して言えばそれで済むのかもしれないのは確かだけれど。
口にした途端、意味をなさなくなることも、この世にはある。
僕と彼女の関係は、そういった危ういバランスの上にあるものだと、僕は思う。
「でも」
僕は呟く。
「何?」
彼女がゆっくりと尋ね、僕はその手を握る。
「もし、お互いに誰も居なくなったら」
その先は言わなかった。言えなかった。その言葉すら、この関係を消してしまいそうな予感がした。
彼女は僕ととった手をぎゅっと握り、
「大丈夫」
と呟いた。
僕は少しだけ安心して、肩に乗る彼女の重みを感じながらゆっくりと頷く。机に置かれたマグから漂う湯気が、僕たちを包んで消えて行った。
その暖かさが、また僕に気だるいまどろみをもたらす。


10/01/19 もこ
 

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