「NEVER KNOWS BEST」
「俺と付き合ってて、楽しい?」
彼の言葉は橋の下の、暗い水の中に落ちていく。夜の河川敷は不気味で、先が見えなくて、まるで私みたいだ。
私は彼の問いに答えず、じっと闇を見つめている。
「俺はさ、ちょっと疲れた」彼が呆れたように言う。「別に嫌いとかじゃなくて、何考えてるか、わかんねえんだよお前」
そりゃそうだ、と私は思う。誰だって他人の考えてる事なんて分からない。多分この橋の下みたいな、闇と同じ。
「そういうさ、疲れた目で居られるの、もうきついんだ」
前振りはもういいよ、と私は肩を揺らす。多分、彼は気付いていない。吸い込む煙が、思考をじりじりと落ち着かす。
「一回、別れよう」
一回。機会があればもう一度、ということだろうか。
「じゃあ、行くから」
彼はいつもの、スニーカーの踵をすり減らす歩き方で、壊れかけの外灯が照らす道を歩いて行く。
咥えていた煙草をぷっと吐き捨てる。闇の中に、ほのかな赤色が落ちて、そのうちに闇に消える。
溜息を吐く。
一緒に居る時に感じる倦怠感が、どうして一人になると恋しくなるのだろう。面倒だと思っているものが、傍から消えた瞬間欲しくてたまらなくなるのは何故なのだろう。矛盾した気持ちが自分の中にあるのが煩わしくて、煙草が欲しくなる。カーディガンに入れていた箱に触れるが、既に中は空だった。
不足は充足であり、充足は不足だと、いつか誰かが言っていた。昔の彼氏だろうか。それとも援交相手だろうか。いまいち記憶があやふやだ。
こうやって自分が汚れていくことに、いつから慣れてしまったのか。
どこで選択を誤ったのか。
何が最良だったのか。
結局どこの誰も答えてはくれない。
今はとにかく煙草が欲しくて、その不足に私は苛立つ。自然と舌打ちが出た。吸ったところで何が満ち足りるわけでもないのだ。きっとあったらあったで、今しがた別れたばかりの彼への苛立ちが自分の中に広がるのが見える。
もう一度だけ溜息を吐き、橋の下を覗きこむ。
見えないその闇の先に、私は何も見つけられないまま、時間だけが淡々と過ぎていく。
どこかで、犬が鳴く。
「NEVER KNOWS BEST」
私の声が、私に届く。
10/02/08 もこ
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