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「お誘い」


「飯とか、もう食べた?」
がやがやとした校舎は文化祭真っ最中で、クラス毎のオリジナルポロシャツやコスプレをした生徒達、保護者や一般客が溢れている。
高校最後の文化祭、何もしないままに終わるものかと僕は彼女に話しかけた。
「まだ。友達がみんなライブとか劇とかで、遅くなるみたい」
彼女は僕の顔を見ると、すっと微笑んで答える。僕は高鳴る心臓を気持ちで押さえ付け、声が震えたりしないように気を引き締めた。
「じゃあ、一緒に回らないか?」ぎこちなくならないように今朝鏡の前で練習してきた笑顔で言う。「俺も食ってなくてさ。他に一緒に回るやついなくて」
「あ、ほんと? じゃあ行く」
彼女はすっと微笑んでくれて、僕はさんきゅ、と笑い返しながら心の中で大きくガッツポーツをする。
「どこが美味しいとか聞いた?」
ふらふらと歩き出しながら僕は尋ねる。
「全然」
彼女は肩をすくめて笑う。
並んで歩いているとよく分かるけれど、僕と彼女にはかなり体格差がある。頭一つ違う身長差の所為か彼女はずいぶん小柄に見え、抱きしめればすっぽりと自分の腕の中に収まってしまいそうだった。なんだかやましい事を考えているような気持ちになり、軽く頭を振る。
と、怪訝な顔で彼女は僕を見た。
「ん、どうしたの?」
「いや、今日、暑いなって」
「まだ九月半ばだしね。でも、来週からは冷え込むらしいよ」
僕の誤摩化すような適当な話題に、彼女は微笑みながら真面目に答えてくれる。
「そっか、もうすぐマフラーの季節だな」
僕が呟くと、ふふ、と彼女は笑う。
「あのマフラー、今年も使ってくれるの?」
「つもりだけど」
「そっか、嬉しいな」
去年の冬に貰ったマフラーは今、部屋のタンスの中にきちんと仕舞われている。
「大事に使ってくれると、編んだ方としては気持ちいいよね」
彼女は本当に嬉しそうな表情をして、その顔があんまり可愛いから僕は緩みそうになる頬を引き締める。
「いや、タダで貰っちゃったし、すごい暖かいし。大事にするよもちろん」
なにより、自分の好きな相手だから、というのは言わない。言えない。
「でも、また使ってないマフラー増えちゃったから、もしよかったら、またあげるけど」
「あ、マジ? 貰えるなら、貰うけど。なんか悪いな」
「いいって。ホント私編み物くらいしか趣味ないから、自然といっぱいになっちゃうし」
彼女はそう言うけれど、貰ってばかりではなんだか男として申し訳ない。
「あーじゃあ、今日の昼飯くらい奢らせてよ」
僕は思いついて言う。
「えー、そんなのいいよ?」
「いや、そのくらいのお礼はさせてくれ」
俺は財布の中にある程度余裕があるかどうかを思い出す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
彼女はそう言って、ふと廊下に立ち並ぶ模擬店の看板を眺める。
「何食べたい?」
僕が尋ねると、うーんと彼女は考え込む。
「ね、やっぱり奢るのじゃなくて、他のお礼にしてもらっていい?」
ふと彼女は僕の顔を見上げて言った。
「うん?」
「編み物用の毛糸とか買い足したいのと、他にも諸々買い物に行きたいんだけど」
彼女は少し照れくさそうに、視線を落ち着かせずに言った。
「それ、付き合って」
「え、あ」驚いて反応が遅れる。「うん、是非」
僕が頷くと、彼女も頷いて笑う。
「約束ね」そう言って彼女はまた模擬店の看板を眺め始めた。「何食べようか」
思いもよらなかった彼女からの誘いに、先程とは違う意味で胸が高鳴る。
「どうしようか」
返事をしながらも、昼食をどうするかなんて頭から吹っ飛んでいる。
文化祭のざわめきが意味を持たず耳を通り抜けていく中で、彼女の声だけが繰り返し頭の中で響いていた。



10/02/02  もこ
 

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