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「金魚」


透明の壁に囲まれている。
「ここは、そういう世界なんだよ」
ぼんやりとしていると古株らしい彼はそう教えてくれた。随分恰幅がよく、喋りものっぺりとしている。
「はあ」
僕はくるりと周りを見回してみる。
「他には、誰も?」
「今はね」
彼は昔を懐かしむように言った。
「私も時期がくれば、ね」
「そうですか」
僕は何を言えばいいか分からず、黙る。こぽこぽと音が鳴る。
透明の壁の向こうは歪んで上手く見えない。
「でも、きっとそれでもここなら長く生きていけるよ。私も君くらいの頃に連れて来られた。そういう所なんだ、ここは」
「それは、でも、幸せじゃないですよね」
彼はすっと僕から目を背け、ため息を吐く。
「彼らには、どうでもいいことなんだよ、私達の幸福なんて」
別の生き物なんだから、と彼は自嘲気味に笑んだ。
僕は改めて透明の壁を向こう側を見つめる。そこに居るのは肌色の巨大な生き物だった。
「そんな、ひどいことが」
あっていいんですか、とは言えない。
「ここは、そういう世界なんだよ」
赤く丸い体が、すっと水の底を目指して泳いで行った。


10/01/20  もこ

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「まどろみ」



気だるいまどろみから、すっと目を覚ます。
朝食をとったあと、ソファで少し眠っていたらしい。時計は一時間ほど経っていることを示す。
立ち上がり、ぐっと体を伸ばしたと同時に、チャイムがなる。僕はすっと部屋を見回し、それから玄関に向かいドアを開ける。
「おはよう」
「ん、おはよ」
彼女はいつも通りに僕を見て、にこやかに微笑んだ。
「どうぞ」
僕は彼女を部屋に招きいれ、
「どうも」
と彼女は先ほどまで僕が寝ていたソファに座る。僕はキッチンに向かい牛乳をマグカップに注ぎ、電子レンジに入れる。
「聞いて」
「うん?」
「彼と別れたの」
言う割にずいぶん嬉しそうなのは、今まで散々「彼」の愚痴をここで僕に言ってきたからで、彼女的にはもう鬱陶しいと思うような相手だったからだろう。
「そう、よかった」
話半分に聞いていても今回の「彼」はひどかったので、彼女が無事別れることができて、僕は安心する。電子レンジがぴーっと鳴り、僕はマグを取り出して少しだけ蜂蜜を垂らし、それをソファに座る彼女に渡す。
ありがと、と彼女は言ってすっとそれを飲んだ。僕は彼女の隣にゆっくりと座る。
「ごめんね、色々愚痴って」
「いや、別に僕は構わないけれど」
「ありがと」
彼女は微笑み、それからすっと僕の肩にもたれかかる。彼女の柔らかい感触が、静かに伝わってくる。
「あなたと付き合えたら、よかったのに」
うん、と僕は頷く。
「でも、きっとそうじゃないのよね」
彼女は少し寂しげに言う。
今までに何度となく繰り返されたやり取りには、分かり切っているからこそのもどかしさがある。
僕は彼女が好きだ。そして彼女もまた、僕が好きなのだと思う。
そしてそれは友愛とも恋愛とも親愛とも言える、複雑な感情だった。寄り添い合うことがあれば、別の誰かと肌を重ねることもある自分達には、何度も「付き合う」に至らない事実を確かめ合う他には互いを好きと伝える手段がないようにも思えた。もちろん、口に出して言えばそれで済むのかもしれないのは確かだけれど。
口にした途端、意味をなさなくなることも、この世にはある。
僕と彼女の関係は、そういった危ういバランスの上にあるものだと、僕は思う。
「でも」
僕は呟く。
「何?」
彼女がゆっくりと尋ね、僕はその手を握る。
「もし、お互いに誰も居なくなったら」
その先は言わなかった。言えなかった。その言葉すら、この関係を消してしまいそうな予感がした。
彼女は僕ととった手をぎゅっと握り、
「大丈夫」
と呟いた。
僕は少しだけ安心して、肩に乗る彼女の重みを感じながらゆっくりと頷く。机に置かれたマグから漂う湯気が、僕たちを包んで消えて行った。
その暖かさが、また僕に気だるいまどろみをもたらす。


10/01/19 もこ
 

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「ICAN」



薄暗いライブハウスの隅、僕はじっとスポットライトが当たったステージを見つめている。
見知った女の子がステージの真ん中でギターをぶら下げて立っている。周囲から口笛とバンドメンバーを呼ぶ声が聞こえる。僕はただ、じっと彼女を見ている。
彼女はステージから観客側をじっと見渡した。その表情には不安も緊張もない。その真っ直ぐな視線が僕と合う。
彼女がマイクを口に近付けた。
「ちゃんと、生きて、今ここに居るから」
彼女の言葉は、多分誰に送られたものでもなかった。
「これからも、歌おうと、思います」
自分自身に語りかけた、言葉だった。
歓声と拍手が起きる。彼女と僕が見つめ合う。
僕は呟く。
「大丈夫」
彼女が頷く。
そして、ゆっくりとギターを構えた。すっと息を吸う音が聞こえる。
「I Think I Can!」
歌声とは呼べないその叫びに含まれた意味が、僕には分かる。
君ならできる。
そう思う。
ギターと彼女の声がベースとドラムに合わせて走り始める。そのメロディーに観客が沸き立つ中で、僕はゆっくりと目を閉じた。



10/01/19  もこ
 

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「気付いて」


一人部屋でココアを飲みながら、泣いている。
誰が? 自分が。
自己嫌悪と不安と孤独と、その他諸々の感情が自分の中に溢れてくるのだ。それに耐えられなくて泣いている。
がたんがたんと遠くで電車が走る音が聞こえて、カラスが鳴くのが怖くて、ああ自分には何もないんだってことを思い知って、誰にも求められていないのに生きているのに絶望して、でも死にたくないと情けなく怯えている。
「ごめんなさい」
誰にも求められていない謝罪をしたのは、自分で自分を赦したいからだ。なんて矮小な人間なんだろう、でもそんな自分を嫌いになれなくて、胸が痛い。
窓の外はもう夕方で、太陽が落ちて世界が真っ赤に染まっている。
なんて美しい世界だろう。
私はこの世界が好きだと思う。暑くたって寒くたって、嵐の日だって、土砂降りだって、梅雨だって豪雪だって大好きで、木々や電柱、高く伸びるビルや、河原や石ころや、夜中のコンビニや近所のボス猫が愛しくてたまらないのだ。私は世界に恋をしている。
それなのに私は孤独に怯えて不安に呑まれて、自己嫌悪を繰り返している。馬鹿みたいな自分が、それでも嫌いになれないで一人泣いている。あるいは世界に恋をしているから、それらに嫌われたくないと怖がっているのかもしれないけれど。
止まらない涙がマグカップの中を伝って、ココアを冷ましていく。私はますます孤独になっていく。
「誰か」
消えそうな自分を見失わないように呟く。
「誰か、気付いて」
私はここに居ると、震える声で、途切れそうな声で、私は誰かを呼んでいる。
誰にも届かないと分かっていながらも、私は誰かを呼んでいる。
ずっと、ずっと。
泣きながら、ずっと。


10/01/17  もこ


 

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「きのこ」


「なんで頭にきのこ生えてんの」
彼女の頭に思いっきりなめこが生えていて私はぎょっとする。
「むしろ、あんたはなんで生えてないの」
はあ、とか思って周りを見回して見たら、近くの女子大生っぽい美人のお姉さん、馬鹿っぽいカップル、禿げの会社員、森ガールにもそれぞれ生えていた。
「順番にしいたけ、まつたけ、てんぐだけ、ふくろしとねだけ、うすきもりのかさ、うらべにほていしめじね」
「ええー……」
状況が飲み込めなくて私は眉間にしわを寄せるけど彼女は平然とした顔で言う。
「世界はそういうふうにできてるのよ」
「頭からきのこが生えるように?」
「それもあるんだけど」彼女は肩をすくめて言う。「結局この世を構成してる物質の中で人間に理解できてるのって数パーセントしかないのよ。他はもう未知数。理解不能。90パーセント以上がだよ。そんな世界なんだから何が起こってもおかしくなんかないわけ」
「へえ」
私はなんとなくだけど納得して、ふうんとか思ってコーヒーを飲む。そしたら頭が少しむずがゆくてなんだこれ、昨日ちゃんとシャンプーしたのにとか思ってたらにょきっと頭から生えてきてうわー私にも生えちゃった。
「おお、立派なしいたけ」
彼女が声をあげるので私はなんだか恥ずかしくてえへへと照れる。
とか思っていたらそれは夢で、頭の上をかいてみてもしいたけなんか生えてない。それが日常だ。
でもたまにはきのこが生えたっていいと思う。世界はそれくらい、未知数なんだ。
あくびをしながら寝間着から着替え、キッチンテーブルに着席。
「おはよお」
「おはよ」
お母さんはせかせか朝ご飯の準備だ。目の前には美味しそうな鮭とご飯が盛ってあってお母さんありがとうっていう感じ。
「お味噌汁、どうぞ」
と言ってお母さんはとん、とお味噌汁の器を私の前に置く。
「ありがとお」
そう言って器の中を見てみたら、なめこ汁で、なんか私はデジャブに笑ってしまう。
「いただきます」
そうして今日も私は美味しいきのこを頂くのであった。


10/01/17  もこ
 

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