「宇宙検閲官の部屋で」
「待っていたよ」
彼はすっと嬉しそうに笑いながら言う。
「ここは、君らが特異点と呼ぶ場所。と同時に君らが宇宙検閲官と呼ぶ事象、つまりこの僕が住む部屋さ」
がらんとした真っ白な世界は、果てしなく遠くまで続いているようで、目と鼻の先に壁があるようにも感じる。彼と私の間には0と1がある。
「ああ、言っておくけど、僕の姿や言語、この部屋のイメージは君の思考概念から生まれている虚構だから。実際に誰の目にもこうやって見えるわけじゃあないんだよ」
いつの間にか彼は白い椅子に座っていて、すっと長い脚を組む。
「さて。いつまでも無駄話をしていられるわけでもないんだ」
私は立ったまま、彼を見つめている。
「僕は検閲官として、君を処理しなければならない。理由はわかるね。宇宙検閲官は、特異点への観測、到達を阻む存在なのだから」
彼は少しだけ、遠くを見るような表情で私を見つめ返す。
「処理、とは言え死ぬわけではないよ。ここまでたどり着いた君は消えてしまうけれどね、君の意識は再びこの特異点にたどり着く道に気付いたところまで戻ってしまうだけさ」
彼は椅子から立ち上がり、私の目の前に立つ。
「つまりね、この特異点に到達できたこと自体が、既に時空間を超越しているということだからね。不可逆という概念はないんだよ」
私は背の高い彼の顔を、見上げた。
「君は一度でもここまでたどり着いたことで、永遠に特異点への到達と、そのスタートラインへの回帰を繰り返しているんだ。並行世界から並行世界へとね」
彼はすっと私の頬に触れた。
「さあ、次の世界の君が再びここにたどり着くことを、願っているよ」
私は目を瞑る。唇が塞がれる。
「僕はずっと待っているから」
頬から離れた彼の手を取り、私は目を開けて、笑った。
「大丈夫」
ぎゅっと握り締める手は、暖かい。
「だって、私は」
その運命にあるのだ。
何万回も繰り返した邂逅を私は全て覚えている。
この手の中にある、数式が、必ず私をここまで導く。
そして、何より。
「あなたを、愛しているから」
彼はすっと微笑んでゆっくりと扉を開く。
私はすっとその向こう側へ、足を踏みしめた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
10/01/22 もこ
以下解説
今回は
物理学方面の言葉を多様していますが
書いてる自分がちんぷんかんぷんだったので
読んでる方はもっと分からないだろうと
一部解説してみますが
多分ほとんど間違っていることが前提です
おおよそのイメージでとらえてもらえると嬉しいです
「特異点」
体積はないくせに密度は無限大というところ。これは現実的にはありえない、この世の物理法則なんて一切無視した数式らしいです。
ブラックホールの中心にあるとされています。ブラックホールの中心以外に発生するものは「裸の特異点」と呼ばれるそうです。
今回は「並行世界への通過点」という風な解釈をしています。
「宇宙検閲官の部屋」
宇宙検閲官仮説というものを元にしています。
先に述べた裸の特異点を隠そうとしている超宇宙意思みたいなものとしています。
「並行世界への通過点」の番人的な解釈で書いています
「並行世界」
これは分かると思いますが、この世界の「こうあったかもしれない可能性」の世界です。様々な可能性がこの世には分岐しており、それぞれにはそれぞれの世界がある。
そしてそれらを繋ぐ共通のものが、「特異点」であるという風に書いています。
物語の大まかな形としては、
「特異点」にたどり着くための数式に気づいた瞬間をA、
「特異点」にたどり着き、宇宙検閲官に出会った瞬間をBとすると、
彼女はBにたどり着いた瞬間、Aに限りなく近い世界、いわばA¹に回帰させられ、
またそこからBにたどり着くと、次はA²というように、
永遠Aに限りなく近い並行世界と特異点を行き交い続けるという
無限ループが発生しています
多分これはネタとして面白いので
もう少し練れたら練ってみたいと思います