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「i like you」



「好きって叫ばれたらさあ、嬉しい?」
唐突に君がそんなことを聞くから、私は眉を寄せる。
「何、いきなり」
「ドラマチックすぎたら気持ち悪いけどさあ、好きって叫ぶくらいは許されるかなって」
いつもの抜けた印象を受ける真顔で尋ねられて、私は反応に困る。
そりゃあ、叫ばれるほど想われていると分かれば嬉しいかもしれないけれど。想いより世間体や周囲の目を考えるとあまり嬉しくないかもしれない。
「時と場合によるわよそんなの。だって街中で、駅とかでやられたら恥ずかしくてたまんないじゃない」
「そりゃそうだ」
彼は納得したようにこくこくと頷く。
「じゃあ、今なら?」
彼がまた尋ねるので私はまた眉を寄せる。彼と付き合ってから質問が来ると眉を寄せる癖がついてしまったようだ。友人の話いわく愛嬌のある顔らしい ので反感を買うことはないだろうが、あまりいい癖でもない。できるだけそんな顔をしないように気を付けたいのだけれど、彼がこの調子では難しいだろう。
「今って。そりゃ今なら恥ずかしくも何もないけど」
彼のマンションの部屋の中で叫ばれてもいまいち有難味がないというか。
「なんていうか、そういうことされるときって、やっぱりどこか恥ずかしくないと感じ出ないと思わない?」
「それもそうか」
難しいなあと言いながら彼はまた考え込む。彼は彼なりに私を喜ばせる方法を考えていたりするのかもしれないんだけれど、私に直接色々聞くものだからいまいち毎回気分が盛り上がらない。
色々演出してくれるより、毎日一緒に居てくれることのほうがずっとずっと幸せなのに。
「ほんと、難しい」
私が溜息のように呟くと彼は不意に私の目を見た。
「な、なに?」
「わかった。二人きりなんだから、静かにすればいいんだ」
彼はそう言ったかと思うと、すっと身を寄せて私の唇をふさぐ。
私は驚き、身動きが取れなくなった。数センチもない距離で、ぼやけて見える彼の瞳がカッコよくて、ドキドキする。
しばらくしてすっと彼は身を引いて、
「駄目かな」
と、ぼんやり呟いた。
私は動揺して上手く作れない顔を隠すようにそっぽを向いて、
「ばか」
本音を隠すように言った。
嬉しいなんて言ったら、それこそ多分街中で叫んだり叫ばれたりするより恥ずかしくて、全部隠せなくなりそうだから。
私はそれでも、眉を寄せながら彼の手をぎゅっと握って、
「ばか」
もう一度だけ呟く。
情けないくらい意地っ張りな自分が出せる、精いっぱいの勇気で、彼に私の心が伝わるように。
好きという想いが、伝わるように。



10/01/10 もこ

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「生きているんだから」


「死ねばいいのに」
小さな声が聞こえた。雑談するクラスメイトの声に交じって、耳に届くか届かないかの音で。お弁当箱を鞄から取り出した私はふっと顔を上げた。
教室は昼休みのために多くの生徒で賑わっている。このクラスはグループの中心人物が多く、他クラスからも人が集まりやすい。昼休みにごった返すのは仕方がないのだろう。
「死ねばいいのに」
今度は先ほどよりもはっきりと、明確な言葉が聞こえる。私にはそれが自分に向けられていることを知っている。被害妄想なんかではなく、確実にそれは背後から私に向けられた言葉だった。
心臓が高く脈打つ。背中に嫌な汗が噴き出す感覚がある。
「邪魔なんだよねホント。この教室せまいのにさあ」
その声には聞き覚えがあった。
振り向くと声の主はあら、と笑った。
「なに? どうかした?」
白々しい顔で私を上から下まで舐め回すように見つめる。周りでは彼女の腰巾着が同じようににやにやと私を見ていた。
「別に」
私は根暗な感じにならないようになるだけ明るいトーンで、でも最低限の台詞を吐いて立ち上がった。
「ここで食べないの?」
彼女がひどく歪んだ笑みで訊くのには私は答えない。お弁当箱を持ってふらふらと教室を出る。出来るだけ自然に、焦る気持ちを抑えて。
「死ねばいいのに」
楽しげな彼女の声に、私は心の中で返事をする。
大丈夫だ、と。
あなたの願いは必ず叶う。何時間後か何日後か、あるいは何年後かも分からないけれど。私は死ぬ。だから大丈夫。
あなたが死ねばいいのにと望まなくなったって、生きている人間は、いつか死ぬんだから。
ネガティブな気持ちに自己嫌悪を感じながら、私は騒がしい教室の戸を閉めた。

*

他のクラスに行く当てもないので、校舎横の非常階段の踊り場でお弁当を食べようと決める。昼休み、教室に居られなくなることは多いので、私は一人静かにご飯を食べられる場所を知っている。
高校入学から半年とちょっと、軽いいじめが始まったのは夏休み明けだったのでほぼ二ヶ月が経つ。いい加減誰にも見られない逃げ場くらいは見つけておかないと日々をやり過ごすのは難しい。
今のところ大して酷い嫌がらせなどはなく、パシリなどにさせられる訳でもないので単純に居心地が悪い程度で済んでいるのは、随分幸運だと思う。まあ人並みには精神的タフさはあるらしく、除け者にされたり死ねと言われるくらいなら受け流せる。
怖いのはこの苛めが、先ほどの彼女を中心に酷くなっていくことだろう。だから私はできるだけ彼女達を刺激しないよう、心がけている。反抗をしたり目に見えて凹んでいったりしなければ、彼女達もその内に飽きる。苛めても楽しくない相手にいつまでも構っているほど、暇人でもあるまい。
ふらふらとした足取りで私は校舎横の扉を開ける。
「あ」
と、いつもの私の場所には先客が居た。私は驚いて間抜けな声を出す。
「お? びびったぁ、誰か先生かと思った」
その男子生徒は煙草を吹かしながら、目を丸くして私を見ていた。見覚えがある顔だった。何度か私の教室で他の男子生徒達と一緒に騒ぎ立てていた一人だったと思う。
「なに、飯? ここで食うの?」
「あ、いえ、ごめんなさい」
私が扉を閉めようとすると、彼はすっと踊り場の隅に体を動かす。
「別にここで食えばいいじゃん、いつもあんたが使ってる場所じゃねえの?」
「え、なんで」
「これ落ちてたし」
彼はすっと見覚えのあるシュシュを差し出す。
「これ、私の」
私が受け取ると、彼はそりゃそうだ、とかつかつ笑った。
最近見ないと思ったらここに落としていたらしい。
「こんなとこ来る奴他にあんま居ねえだろ。鍵閉まってると思われてるし、寒いからわざわざ外には出たがらないし」
「うん、私以外の人は、初めて見る」
「あのさ、それ見つけた代わりったらアレかもだけど、これ黙っといてくれねえ?」
これ、というのは煙草の事だろう。私はこくり、と頷いた。彼はサンキューと嬉しそうに笑い、煙草を咥える。
「あ、飯食いながら煙草ってのも気分悪いか? 消す?」
ふと気づいたように彼が言うので私は首を振る。
「馴れてるから、大丈夫」
煙草は中学時代付き合っていた年上の彼氏が吸っていたこともあり、割と平気だ。自分では吸いたいと思わないけれど。
「じゃ、俺のことはお構いなく、お昼をどうぞ」
「はあ、どうも」
私は会釈しながら下りの階段に足を下ろす形で踊り場に座る。お弁当箱を開け、もそもそとご飯をおかずを口に運ぶ。近くに誰かがいる所為か、気持ちが落ち着かず味がわからない。
「なあ」
「はい?」
急に話しかけられたので、少し上擦った声が出てしまう。
「んな驚かなくても」彼は苦笑交じりに煙を吹かす。「あんたさ、いじめられてるよな」
少しどきりとした。箸を握る力が、少し強くなる。
「あ、別に俺は何もしないからな? 別になんか意図があるわけじゃないから」こっちの気持ちを察してくれたのか、彼は付け足すように言った。「大変だなと思っただけ。女の苛めとかって陰湿なんだろ」
彼の口調には本当に悪意がなくて、私は少し安心する。
「別に、まだそこまでひどくなって、ないから。私より酷い子は他に居ると思うし」
「ふうん」
興味無さそうに彼は短くなった煙草を携帯灰皿に入れる。
「ま、俺も小学校とかで苛められたことあるから、あんたのことちょっと気になってたんだわ。でも皆の前では喋りにくいからさあ」
私は驚いて目を丸くする。彼のようなタイプが苛められっ子というのは少し意外だった。けれどその飄々とした態度が逆に生々しく感じられ、なんとなく納得する。
「今日話せてよかった」彼はまじめな顔で私を見る。「ここ、俺も使っていいか。あんたと、もっと喋ってみたいしさ」
「私は、全然、いいよ」
私があたふたしながら答えると、彼はまたサンキューと嬉しそうに笑った。
周りに馴染めない私なんかに興味を持ってくれることが、上手く飲み込めず私は彼の笑顔をぼんやりと眺める。
と、彼の携帯が大きな着信音を鳴らした。彼は携帯を開いてしばらく画面を眺めてから立ち上がった。
「友達呼んでるから、今日はもう行くわ」
うん、と私が頷くと、彼はにっと笑顔になった。
「笑ってるほうが、可愛いぞ」
そう言い残して、彼は扉を閉めた。
ばたん、というその音で、私は自分がいつのまにか笑顔になっているのに気付く。なんだか急に恥ずかしくなって顔が紅潮してしまうのがはっきり分かった。なんだかお弁当を食べる気にもならず、蓋を閉めた。ぼんやりと当たる秋風が火照ってしまった顔を程よく冷ます。
高校入学以後、感じてきた不安感とは違う胸の昂りに私は少し期待してしまう。
だって私は半年の間、孤独だった。たった一人でいいから、つまらない話をしてくれる相手を求めていた。
だから、こんなことがあって、あんなことを言われて期待しないほうがおかしい。
なんだか自分は自分が思っていたより、寂しがりで、乙女だったみたいだ。自分の顔から笑みが消えていくのが分かる。自己嫌悪で、まとわりつく温い幸せを振り払うようにふるふると頭を振った。
どんなに期待したって結局簡単には日々は変わらない。私は毎日「死ねばいいのに」と言われるだろうし、もしかしたらもっと酷い苛めにあうかも知れない。うまく彼女たちをあしらえても、結局私は一人ぼっちで、孤独のままだ。それが現実なのは分かっている。
でも、それでも。
一週間に一回くらい、誰かとくだらない冗談を言いながら一緒にご飯を食べる程度でいいから。
それくらいの安心感でいいから。
泣きそうになりながら、私はちょっとだけ未来を期待する。
死ねばいいと思われている人間にだって、それくらい許される。
きっと、そう思う。
私だって生きているんだから。



10/01/09 もこ
 

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「電話」


「はい、もしもし?」
電話の子機の向こうから聞き覚えのある声がして私は安心する。
「ああ、うん、私。うん、大丈夫」
お風呂から上がったばかりだから、と私は付け足す。片手で少し濡れた髪に触れる。
「元気だよ、そっちは? うん、ならよかった」
急な電話で何かあったのかと思ったが、余計な心配だったらしい。
冷蔵庫からポカリスエットを取り出して、一口飲む。体が水分を求めていたのか、その冷たさがすっと全身を抜けていく。
「うん、わかった。次の休みに帰るから」
答えながらカレンダーを覗く。来週には三日間休みがあるので、割と余裕をもって帰れそうだ。久々に手作りの温かいご飯が食べれるかと思うと頬が緩む。休みの三日間に赤ペンで丸をしておく。
「ん? うん。ああそう。お土産ね、はいはい」
駅で適当に饅頭か何か買えばいいだろう。どうせ質より量だ。
「うん、はい。じゃあまた近いうちに連絡する。うんじゃあ、またね」
おやすみという言葉を最後にぷつ、と電話が切れて、私は子機を充電器に置く。ぐっと伸びを一つして、それからベランダに出る。
高層マンションから見える街は、なんだかうすぼんやりとした星空のように見える。
田舎から都会を憧れて出てきたばかりの私には驚きの連続だった毎日も、今は日常で。馬鹿みたいに人が溢れている街の中で、一人生きていることも、当たり前になった。昔は誰かと一緒に居ることが当たり前だったのに、不思議な話だ。
一人の部屋が寂しくて、油断すると半泣きになっていた自分が懐かしくて、少しだけ笑う。
「寝るか」
肌寒くなりベランダから部屋に戻り、それからベッドに入る前にふと電話の子機を見る。
あの懐かしく、暖かい声を思い出して、私は微笑んだ。
「おやすみなさい」



10/01/09 もこ

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「飛行機雲と秋の空」


「飛行機雲発見」
ばたばたと髪をなびかせながら、彼女は僕の前を走っていく。
「おい、上見ながら走んなよ」
「えー? 聞こえなーい」
風が強く声が届いていないのか、彼女は振り返って耳を澄ませる。
「転けるなよ!」
僕が叫ぶと彼女は、にっと笑ってまた空を見上げながら走る。危なっかしくて見ていられない。
秋の空は馬鹿みたいに青くて、それを一直線に、まるで空を割るように飛行機雲は走っている。
「ほんと、馬鹿みたいに綺麗だな」
視線を戻す。さっきまで慌ただしくはしゃいで居た彼女はぼんやりと立って、空に向かって手を挙げている。
「なにしてんの」
「へへ」
彼女は笑って、
「空高いねえ」
僕は頷いた。
「うん」
「このまま飛べちゃいそう」
「何言ってんだか」
僕が肩をすくめると、彼女は目を瞑り、そしてゆっくりと倒れていく。
「あ」
と声を上げたとき、彼女の体が強い風に乗るように、ふわりと、浮いた。何も無い空間にもたれかかるように、彼女の体が空中に浮き上がっている。
彼女は目を瞑ったまま、しばらく風にゆらゆらと揺れていた。
僕は声を出せないまま、その姿を見ていた。
強い風が吹いて、彼女の足が地面に着く。瞬間彼女の目がぱっと開き、そしていつも通りのあっけらかんとした顔で、ふうと息を吐いた。
「何変な顔してんの?」
彼女は何事もなかったかのように僕の顔を見つめる。自分が空を飛んだことに気付いていないらしい。もしくは、彼女はいつでも空を飛べるのかもしれないけれど。
僕は首を振って、
「何でも無い」
肩をすくめた。
空は相変わらず青くて、飛行機雲はいつの間にか消えていた。


10/01/08  もこ
 

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「アップルパイ」


「アップルパイが食べたいなあ」
私がぼんやりと呟くと、彼はうーんと頭を掻く。
「俺も食べたいけど」
「けど?」
「作り方、わかんないからなあ」
「そうねえ」
私は頷きながらマグの中のココアを覗く。湯気が私の顔を撫でるように消えていく。
「でも市販品て気持ちでもないよなあ」
「というか外に出るのが億劫」
窓の外は随分雪が降っていて、部屋の中も随分肌寒い。
「うーん、まあたまには私も女の子らしくお菓子作りでもしようかな」
彼は嬉しそうにおお、と声を上げた。
「でも作り方、分かるのか」
「そこはほら、アドリブでなんとか」
私が笑うと彼は少し眉を寄せて、大丈夫かなと呟いた。
「平気平気」
私は言いながら棚から小麦粉やら砂糖やらを取り出す。冷蔵庫からは卵と牛乳、バターを取り出して、ふと気付く。
「そういえばリンゴがない」
「一番大事じゃないか」
「うーん、仕方ないな」
私はぱちんと指を鳴らす。
ぽん、とクラッカーのような小気味のいい音がしてリンゴがテーブルに落ちてきた。「よし」材料があらかた揃ったところで私は頷く。「じゃあやりますか」
テーブルの上に大きめの皿を置き、ぱん、と手の平を打つと、材料が空中に浮き上がった。私はそれらを指差して腕をくるくると回す。回せば回すほどそれに合わせて材料が空中で混ざりあう。ある程度したところで私は頭の中でふっくらと焼き上がったアップルパイをイメージし、最後にもう一度手の平を打った。
ぼん、と大きな音がして煙が立つ。皿の上にぼとん、焼き立てほかほかのアップルパイが落ちてくる。
「できた!」
私は小さくガッツポーズをして、彼を見る。と、珍しく小さく口を開き、あり得ない物を見るように私を見ていた。
「なに、その目」
私が訪ねると彼はふるふると首を振り、言った。
「それは、お菓子作りじゃない、別の何かだ」


10/01/07  もこ

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