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「転げた石ころのようになって」


「馬鹿だよなあ」
「なにが?」
「他人」
「はあ」
彼の真面目な声に、私は相槌程度に答える。
「何かに怒ったり、勘違いしたり、見下したり、悲しんだりとか。そういうレベルが低いっていうか。自己中心的に物事を見過ぎてて共感できないっていうか」
「クラスメイトとかの話?」
「いや、もっと。教師とか、親とかもだし、例えば政治家とかも含めての話。別に腹が立つとかじゃないんだけど。言ってることがあんまりに的外れで、飽きれるっつか。結局みんな主観を客観と信じて話してるっていうか」
「わからなくもないけど」
頭の善し悪しに関わらず、自分の言葉に絶対的な自信を持っていたり、自分が正しいと思っている人の言葉は余りにも表面的だ。内側にこもっている物を感じないから、聞いていてさめてしまうことは多々ある。
「もっとさ、自分を顧みなきゃいけないよな。自分の行動の意味とか理由とか、ただ苛立つだけじゃ駄目だ。それを説明できて初めて、意味があるのに」
「大声で叫べば、ロックンロールになると思ってる子が多いんじゃない?」
「それ、なんだっけ」
「アジカンのね、新しい世界」
私が答えると彼はああ、と頷く。
「きちんと言葉にしなきゃいけないところを省いて、分かってくれよって叫んでるだけ。叫ばない奴は叫ばない奴で、分かってくれない相手を低能呼ばわり。飽きれるくらい、馬鹿だよなみんな」
彼はそう言って、それから自嘲気味に髪をかく。
「ま、言ってる俺も馬鹿なんだろうさ。こうやって他人を見下して、自分が優れてると思ってんだから」
真面目な人だ、と私は思う。自分の言葉の意味を知っているから、彼はそうして悩む事ができるのだろう。私は彼のそういうところが、とても好きだと思う。
「それが、人間なんだろうな」
「そうだね」
間抜けで、的外れで、自己中心的。それこそが、人という生物の性とも言えると私はぼんやり思った。
「馬鹿だよなあ」
彼は呟く。
その馬鹿が、誰に宛てられたものなのか、私は知らない。


10/01/31  もこ
 

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「girl in」


僕はシャッターを切る。
ファインダー越しの世界はいつもより狭くて、けれどどこか眩しい。
だから冬の朝、朝日が昇る時間、空を撮るとき、僕はいつもしかめ面をしてしまう。
今、この瞬間、まさに。
「きれいなもの見る時に、そんな不細工な顔しないでくださいよ」
隣で呆れたように彼女は笑いながら、マフラーに顔を埋める。
「毎日撮ってても、これだけは慣れない」
「まあ、ファインダー越しだし、余計となのかもですけど」
僕は一眼レフのディスプレイを覗き、それからもう一度朝焼けにレンズを向ける。その光を上手く捉えるのに、毎日同じ設定をしていては駄目なのだ。日々変化する太陽が昇る位置や、天気、空気の感じによって、シャッタースピードも絞りもISOも合わせなければ、そのときの眩しさ、綺麗さは写らない。
「結局、慣れるもなにもないのかもしれない。世界は常に変わっているから」
「ロマンチスト」
彼女の冗談じみた声を無視して、ファインダーを覗き続ける。
「先輩のそういうところ、可愛いですよね」
「む」
褒められているのか、けなされているのか、いまいち分からずファインダーから目を離し、彼女を見る。
彼女は微笑みながら、少し目を細めて太陽を見ていた。
「いいと思いますよ、ロマンチストで。しかめっ面のロマンチストって、ギャップありますけどね」
彼女はそう言って、ふっと僕を見る。
「私はそういう先輩が、結構好きですよ」
「う」
僕は言葉に詰まり、表情が緩むのを隠すようにカメラのファインダーを覗いた。
空にレンズを向け、ピントを合わせる。それから少しだけ考えて、すっとレンズの向きを変えた。
ファインダーに写るのは、僕を見て微笑む彼女の姿。
「そういう照れ隠しも、可愛いです」
すっと風が吹いて、紅潮した頬を冷ますように僕の横を通り過ぎていく。
ファインダーの中の彼女の髪が揺れる。
僕はシャッターを切る。


10/01/30  もこ
 

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「ビター」



「人と話してて、さ。違和感ない?」
彼女がそう言って、僕はぱたんと文庫本(舞城王太郎のみんな元気。)を閉じる。彼女は板チョコを割りながら、ホットミルクを飲んでいる。
「違和感って?」
「お互いの言葉が噛み合ってないっていうか。同じ言葉で話してるんだけど、意味が上手く伝わってないっていうか」
「まあ、あるかな」
「それってさ、やっぱ面倒な訳。イライラするっていうか。もどかしい感じがするじゃない」
「まあ、そうだね」
僕のように毎日引きこもって文庫本を読み漁る日々と違って、彼女は大学、バイト、サークル等々で色々な人間関係に揉まれている。そういう気苦労が溜まるのは致し方ない。
「ジェネレーションギャップとかもそうだけど。意識の違いって、やっぱ個人レベルのものだし、結局誰にでも感じちゃうのよね。できればそういう違和感が少ない人と居れたら楽なんだけど」
彼女は肩をすくめて苦笑する。それからマグカップを傾け、それから板チョコの欠片に手を伸ばす。
「人生、チョコみたく、甘くはないか」
「そうだね」
人は生きている以上、たくさんの違いを受け止めていかなければいけない。自分と他人の望むものが違うことを知り、それぞれにそれぞれの人生があることを知り、同じだけの幸福は決して用意されていないことを知り、それを積み重ねて今まで生きてきた。これからもきっとそうだろう。
僕らがいくら長い時間を共にしても決して全てが同じではないから、互いの在り方や考えに違和感を持つこともあるだろう。
彼女がいうように、それはあまり気持ちのいいものではない。そのもどかしさが積み重なることで別れが来ることもありうるのだから。
それでも。
「甘いだけじゃないから、」
僕は小さく呟く声に、彼女はそっと僕の目を見た。
「きっと世界は面白いんだ」
全てが同じであれば、それはきっとつまらない。何かが違うからこそ、初めて見える世界もあるのだろう。
彼女は少しだけ俯き、それから板チョコを僕に差し出しながら言う。
「甘いだけじゃあ、チョコレートはおいしくないものね」


10/01/29  もこ
 

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「Knockin’on Heaven’s Door」


「みんな、死ぬよなあ」
「うん?」
彼はのんびりとした口調で、何の脈絡もなく言った。
「人だけじゃなくてさあ、他にもいろんなものが。風景とか伝統とか、記憶とかさ」
うん、と私は頷く。もう日が沈んで電燈が照らすアスファルトを踏み締めながら、私と彼は歩いて行く。
「そういうものなんだよ。時の流れって」
「でもさあ、そうじゃないものもある」
「なに?」
「ボブ・ディランの声は死なない」
彼は星の出始めた空を眺めながら、呟くように言う。
「これだけは、信じたいだろ」その確信めいた声は、まっすぐに前を向いている。「神の声は、死なない」
ああ、と私は納得する。彼が敬愛するボブ・ディランなら、きっとどんなに時間が経っても誰にも聞かれなくなることはないだろう。そう言う意味で、彼の声は決して死なない。
「風に吹かれて?」
私が微笑むと、彼もまたにっと笑った。
「Like a Rolling Stoneでもいいけど」
「『信じないね。嘘つきめ。糞やかましくいこう』、ね」
私は彼が何度も口にした、ボブ・ディランの言葉を思い出す。裏切り者と呼ばれた彼がそう叫んでからもう、四十年以上も経っているのに。その言葉もまた、未だに死ぬこと無く、誰かの心に響いている。その声と共に。
「そんな爺さんだからこそ、その声は死なないさ」
信じるように、祈るように彼は呟いて。
「ディランが、天国の扉を叩いたあとでも、さ」
Knock, knock, knockin' on heaven's door、と神の声を真似た。


10/01/28  もこ

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「朝ごはんには納豆」


「納豆嫌いな意味が分からない」
彼はご飯大盛りのお茶碗に納豆を投入しながら言った。納豆にはしそドレッシングが加えられていて、美味しそうな香りが鼻に届く。
「ああ、結構居るよね納豆嫌いは」
「味のバリエーション無限大の美味さなのにな」
彼は納豆かけご飯を頬張りながら、もごもごと喋る。唇の間に糸を引いていて、間抜けだ。
「ねばりとか、独特の味だし。仕方ないんじゃない?」
そういう私は納豆にマヨネーズとからしを加え、ぐるぐるとかき混ぜる。個人的には少し粘り気が固くなるくらいにかき混ぜるのが好みだ。
「醤油、マヨネーズ、お酢、ドレッシングもろもろ」
「ポン酢とかも私は好きかな。あと卵ね」
「ああ、生卵と納豆の相性は奇跡としか言いようがないな」
彼は嬉しそうに笑いながら、ひょいひょいと大盛りご飯を平らげる。
「絶対見た目とかで食わず嫌いするやつがいるんだよなあ。食って苦手っていうならまだしも」
「昨今の食事事情は、家庭事情に反映されてるよねえ」
きちんとした、かつ美味しいご飯を家族で囲む家庭にあれば、家族崩壊なんて起こり得ないと思うのだけれど。きっとそれが難しい世の中なのだろう。
「別に納豆じゃなくてもいいけど。日本食を食べるの義務付けたらいいんじゃないかな、とか最近思うわ」
「お魚とか? まあ確かに肉ばっかりじゃあ駄目だよねえ」
「秋刀魚とか食べたい」
彼はご飯大盛り二杯目をお茶碗に盛り、今度はぱらぱらとわかめふりかけをかけ出す。納豆は一食に一パックと決めているのだ。
「大根おろしと一緒に食べると、美味しいよねえ」
「もずくとかもあると、幸せが二倍な」
私はその素敵な食卓を思い浮かべて、思わず「ひゃあん」と黄色い悲鳴を上げる。
「私的には、お味噌汁があるかないかで、随分と幸せ度合が変わるかなあ」
「ああ、味噌汁かあ。飲みたいなあ」
彼はまたももぐもぐと口を動かしながら言う。
「今日お味噌買ってくるよ」
先日大量に作った豚汁で使いすぎたせいで、今はお味噌が切れているのだ。
「まあ何はともあれ、俺は思うわけだよ」
彼は大盛りご飯二杯目を完食して、満足げにふうと息を吐く。
「なに?」
「白米があれば、生きていける」
まったくだ、と私は頷く。と同時に、先ほどからずっと無意識に混ぜていた納豆にようやく気付いた。
「あーあ」
好みの粘り気を通り越して、びっくりするほどのねばねばになった納豆を、私は白いご飯にかけるていく。
これが一日の始まり。
幸せな一時。



10/01/26  もこ
 

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