「Knockin’on Heaven’s Door」
「みんな、死ぬよなあ」
「うん?」
彼はのんびりとした口調で、何の脈絡もなく言った。
「人だけじゃなくてさあ、他にもいろんなものが。風景とか伝統とか、記憶とかさ」
うん、と私は頷く。もう日が沈んで電燈が照らすアスファルトを踏み締めながら、私と彼は歩いて行く。
「そういうものなんだよ。時の流れって」
「でもさあ、そうじゃないものもある」
「なに?」
「ボブ・ディランの声は死なない」
彼は星の出始めた空を眺めながら、呟くように言う。
「これだけは、信じたいだろ」その確信めいた声は、まっすぐに前を向いている。「神の声は、死なない」
ああ、と私は納得する。彼が敬愛するボブ・ディランなら、きっとどんなに時間が経っても誰にも聞かれなくなることはないだろう。そう言う意味で、彼の声は決して死なない。
「風に吹かれて?」
私が微笑むと、彼もまたにっと笑った。
「Like a Rolling Stoneでもいいけど」
「『信じないね。嘘つきめ。糞やかましくいこう』、ね」
私は彼が何度も口にした、ボブ・ディランの言葉を思い出す。裏切り者と呼ばれた彼がそう叫んでからもう、四十年以上も経っているのに。その言葉もまた、未だに死ぬこと無く、誰かの心に響いている。その声と共に。
「そんな爺さんだからこそ、その声は死なないさ」
信じるように、祈るように彼は呟いて。
「ディランが、天国の扉を叩いたあとでも、さ」
Knock, knock, knockin' on heaven's door、と神の声を真似た。
10/01/28 もこ