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「縁」


「この写真」
彼女は額縁の中をぼうっと眺めながら呟く。
時間帯とギャラリー規模の所為か、他に客はおらず受付にぼんやりと座っていた僕は振り返る。あまり大きくないギャラリー、立ち並ぶ写真の一枚の前に彼女は立っていた。
「あ、それ」僕は少し躊躇いがちに言う。「それ、僕の写真なんです」
彼女が振り返る。整った顔立ちと、少しパーマがかったショートカットが似合う可愛らしい女の子だった。
「あなたが?」
彼女は少し驚いたように僕を見つめた。
それから彼女はすっと視線を額縁へと戻し、その下に表記されているタイトルと撮影者名(当然僕の名前なのだけど)を見る。
「あなたの、他の写真とかって、ある?」
「今、このギャラリーには、ないです。僕の写真はそれ一枚だけ」
「そう」
彼女は頷き、じっと写真を見つめる。
「気に入ってもらえた?」
「とても」
彼女は頷き、柔らかく微笑んだ。
「あなたの写真を、もっと見たいときは、どうすればいいかな」
「え、あ」
僕は突然の申し出に少し返答を迷う。
「そうだな、今はデータも現像したのもないから。今じゃなければいくらでも用意できるんだけど」
「なら、連絡先、教えればいい?」
彼女はそう言ってすっと携帯を取り出す。
「へ?」
「いつでもいいから、写真を用意して、それから私が会いに行く。それは駄目?」
「いえ、でも、なんでそこまで?」
「この写真、気に入ったから、じゃあ理由にならない?」
彼女が首を傾けながら尋ねる。
「そんなことは、ないですけど。全然見ず知らずなのに」
正直少し僕は彼女の積極性に不安を覚えていた。美人だから余計とだろうか、何か裏があるような気がしてならないのだ。
彼女はうーんと悩むように口元に手を当て、肩をすくめる。
「縁を感じたの」
「縁?」
「そ。あなたとのね。偶然入った写真展で、気に入る写真があって、それを撮った人が受付だった」
彼女は嬉しそうに語る。
「些細かも知れないけれど、そういうのって私、縁を感じるの。バカっぽく思えるかもしれないけど、そういう偶然を大切にするって、いいことなんじゃないかなって」
別に何かたくらんでるとかじゃないのよ、と僕の心の内を読むように彼女は苦笑する。
「そういうの、嫌い?」
「嫌いじゃない、けど」
よかったと彼女は微笑む。
「別にあなたの連絡先はくれなくてもいいの。別に遅くなっても構わないし、怪しいと思うなら連絡してくれなくてもいいから。あなたが私と同じように縁を感じてくれたら、連絡して?」
「そこまで言うなら」
僕は頷き、彼女のアドレスと電話番号を赤外線で受け取り登録する。
「前向きに、検討します」
僕が呟くように言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
その笑顔が普通に可愛くて、僕は少し彼女に見惚れる。
それからぼんやりと、どうせ縁があるなら彼女をモデルにしたいと、考えた。


10/02/05  もこ
 

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「いつかの翡翠」


「僕、自分のいいところがわかんないんだよ」
学校の屋上は夏の日がダイレクトに差してくる割に、風で割と涼しい。
「みんな、僕を良い奴だと言ってくれる。でも、自分で自分のいいところが分からないから、みんなの言う事が僕には理解できない」
彼は別段興味もなさそうに街を見下ろしながら、ふうんと相槌だけを打つ。
「僕は別に、何もしていない。ただ普通に会話して、受け流したり笑ったり、それくらい。普通にしてるだけなのに」
みんなは何故、他の誰かを虐げるのだろう。僕も彼らと同じなのに。
「僕がみんなにとって必要な存在だなんて思えないから、余計と分からないのかも。みんなが言う好き嫌いとか、うざいとかそういうのも含めて」彼はあくびをしながら空中に向けてくるくると指を回している。
「それになんだか、自分が他人を騙しているような気分で、なんだか申し訳ないんだ」
僕がそう言うと、彼は僕の方をふっと見て笑った。
「おいおい、何だよ申し訳ないって」
「だって、僕は良い奴でもなんでもないのに。そういう風に思われてるのずるいんじゃないかって」
「変な奴」
彼はけたけたと笑って、また街を見下ろす。
「別にいいじゃん。そういう謙虚なとこが、さ、多分お前が良い奴って呼ばれる理由だろう」
「そうかな」
「さあ? 俺の想像」
彼はさっぱりと言い切る。僕は彼のそういう、何かを誤摩化したりしない正直さがとても好きだ。
「ま、俺もお前の良いとこなんかわかんねえけどさあ」
「うん」
「俺は自分のいいとこはわかるぞ」
彼はそう言って真っ直ぐに立つ。
「なに?」
僕が尋ねると、彼はいつものにやりと笑って、手を挙げる。風が、強く吹く。
「飛べるとこだ」
彼の体が宙に浮く。彼のネクタイが風に揺れる。
僕はそれを見つめながら、一つだけため息を吐いた。
「うらやましいよ」

10/02/03  もこ
 

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「愛してる」


「愛してる」
びっくりするくらい陳腐なセリフを、びっくりするくらい真っ直ぐに彼は言った。
馬鹿みたいに単純な言葉だなあと思うのだけれど、彼の言葉にはそういう俗っぽさを感じない。シンプルな言葉を、俗っぽさや馬鹿っぽくなさを感じさせることないのは一つの才能だと思う。
「ありがとう」
返す言葉に力がなかったのは、もう終りが近いからだ。もう充分に覚悟はしてきた。大丈夫。泣いたりはしない。だってこんなにも握った手が暖かいんだから。
「ゆっくり、おやすみ」
「うん」
その優しい声のお陰で心は動じなかった。瞳が閉じていく。
「おやすみなさい」
最後の言葉は安らかで、そこに死があるなんて、感じさせない。
「ああ」
しばらくの沈黙の後、私は動かなくなった手を離し呟いた。
「なんだ、実感なんて全然湧かないや」
彼女は安らかに、覚めることのない眠りについていた。けれどそれが私には全然感じられない。だってたった数分前にはまだここにあったものが、永遠に届かない場所にあるだなんてあり得ない。
それでも彼女は永遠に目を覚ますことはない。それが実感できずに、私はぼんやりと彼女を見ていた。
「そうだね」
彼は少し遅れて私の言葉に返事をする。
「今はまだ、きっと分からない。それでも過ぎていく日常の中で、自分が大切なものを失ったという実感をしていくんだ。悲しいけれど、人というのはその時の出来事をすぐには清算できないから」
彼はとつとつと語りながら、彼女の手を握り続けていた。
「本当は大声で泣いて、叫んで、たくさん悲しんで、それから気持ちを切り替えられたらいいのだけど。僕はそういうことがうまくできないんだね、きっと。ゆっくり失ったことを理解して、ゆっくり悲しんで、ゆっくりと慣れていくしかないんだろう」
「辛くは、ない?」
「そうだね。きっと辛い。けれど、大丈夫」彼はつぶやくように、けれどはっきりと言う。「僕は今まで彼女で生きてきた。楽しくて慌ただしくて、一瞬の日々だったけれど、それを思い出せる限り、僕は大丈夫だよ」
彼はゆっくりとそう言って、強く握っていた手を離した。
そうやって少しずつ、彼は彼女と別れていくことに慣れていこうとしているのだろう。
「ねえ、おじいちゃん」
彼は私に振り向く。その表情はびっくりするくらい穏やかで、私は泣きそうになった。
「おばあちゃんのこと、本当に好きだったんだね」
彼はああ、と呟き、深い皺を伸ばしながら微笑む。そして再び彼女に向き直り、言う。
「愛している」
びっくりするくらい陳腐なセリフを、びっくりするくらい優しい声で、彼は言った。


10/02/02  もこ
 

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「お誘い」


「飯とか、もう食べた?」
がやがやとした校舎は文化祭真っ最中で、クラス毎のオリジナルポロシャツやコスプレをした生徒達、保護者や一般客が溢れている。
高校最後の文化祭、何もしないままに終わるものかと僕は彼女に話しかけた。
「まだ。友達がみんなライブとか劇とかで、遅くなるみたい」
彼女は僕の顔を見ると、すっと微笑んで答える。僕は高鳴る心臓を気持ちで押さえ付け、声が震えたりしないように気を引き締めた。
「じゃあ、一緒に回らないか?」ぎこちなくならないように今朝鏡の前で練習してきた笑顔で言う。「俺も食ってなくてさ。他に一緒に回るやついなくて」
「あ、ほんと? じゃあ行く」
彼女はすっと微笑んでくれて、僕はさんきゅ、と笑い返しながら心の中で大きくガッツポーツをする。
「どこが美味しいとか聞いた?」
ふらふらと歩き出しながら僕は尋ねる。
「全然」
彼女は肩をすくめて笑う。
並んで歩いているとよく分かるけれど、僕と彼女にはかなり体格差がある。頭一つ違う身長差の所為か彼女はずいぶん小柄に見え、抱きしめればすっぽりと自分の腕の中に収まってしまいそうだった。なんだかやましい事を考えているような気持ちになり、軽く頭を振る。
と、怪訝な顔で彼女は僕を見た。
「ん、どうしたの?」
「いや、今日、暑いなって」
「まだ九月半ばだしね。でも、来週からは冷え込むらしいよ」
僕の誤摩化すような適当な話題に、彼女は微笑みながら真面目に答えてくれる。
「そっか、もうすぐマフラーの季節だな」
僕が呟くと、ふふ、と彼女は笑う。
「あのマフラー、今年も使ってくれるの?」
「つもりだけど」
「そっか、嬉しいな」
去年の冬に貰ったマフラーは今、部屋のタンスの中にきちんと仕舞われている。
「大事に使ってくれると、編んだ方としては気持ちいいよね」
彼女は本当に嬉しそうな表情をして、その顔があんまり可愛いから僕は緩みそうになる頬を引き締める。
「いや、タダで貰っちゃったし、すごい暖かいし。大事にするよもちろん」
なにより、自分の好きな相手だから、というのは言わない。言えない。
「でも、また使ってないマフラー増えちゃったから、もしよかったら、またあげるけど」
「あ、マジ? 貰えるなら、貰うけど。なんか悪いな」
「いいって。ホント私編み物くらいしか趣味ないから、自然といっぱいになっちゃうし」
彼女はそう言うけれど、貰ってばかりではなんだか男として申し訳ない。
「あーじゃあ、今日の昼飯くらい奢らせてよ」
僕は思いついて言う。
「えー、そんなのいいよ?」
「いや、そのくらいのお礼はさせてくれ」
俺は財布の中にある程度余裕があるかどうかを思い出す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
彼女はそう言って、ふと廊下に立ち並ぶ模擬店の看板を眺める。
「何食べたい?」
僕が尋ねると、うーんと彼女は考え込む。
「ね、やっぱり奢るのじゃなくて、他のお礼にしてもらっていい?」
ふと彼女は僕の顔を見上げて言った。
「うん?」
「編み物用の毛糸とか買い足したいのと、他にも諸々買い物に行きたいんだけど」
彼女は少し照れくさそうに、視線を落ち着かせずに言った。
「それ、付き合って」
「え、あ」驚いて反応が遅れる。「うん、是非」
僕が頷くと、彼女も頷いて笑う。
「約束ね」そう言って彼女はまた模擬店の看板を眺め始めた。「何食べようか」
思いもよらなかった彼女からの誘いに、先程とは違う意味で胸が高鳴る。
「どうしようか」
返事をしながらも、昼食をどうするかなんて頭から吹っ飛んでいる。
文化祭のざわめきが意味を持たず耳を通り抜けていく中で、彼女の声だけが繰り返し頭の中で響いていた。



10/02/02  もこ
 

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「傘」


「雨の日に散歩っていうのも乙なものですね」
彼のそんな言い回しに、私は笑った。
「そうでしょう」
道には日曜でも雨の日には人通りの少ない遊歩道と、二人並んで歩く。休日に家でだらだらしているのに耐え兼ねて、散歩に行こうと誘った私に「雨じゃないですか」と不満たらたらだった彼も、今は楽しそうに雨でぼやけた街を眺めている。
「まあ、私は雨の日の散歩も好きだけど、何より傘が好きかな」
「へえ? なんでまた」
「この形とか。可愛くない?」
私はくるくると水滴が飛ばない程度に傘を回しながら言う。
「うーん」
彼は苦笑しながら私の傘を眺める。
「それは、わからないかな」
「そっか」
私は少し苦笑して、水溜りを避けるようにジャンプする。ぴちゃぴちゃと音が鳴って、足元の水が跳ねた。
「新しい傘を買ったら、また一緒に散歩しようか」
私が言うと、彼は嬉しそうに頷く。
「僕も、新しい傘欲しいです」
「どんな?」
私が尋ねると彼は胸を張る。
「番傘」
その妙な嗜好がおかしくて、私は笑った。


10/02/01  もこ
 

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