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「雪」


「寒いっすなあ」
灰色の空からたくさんの雪が降ってくる。
「凍死するかもね?」
「そうだなあ」
私たちは雪原に埋もれながら、空を見ている。
「温泉、行きたい」
「あーいいな。ジャグジー入りたい」
「ジャグジーって死体な気分だと思う」
「何死体な気分って」
目にかかる雪が痛くて私は目を閉じる。雪が積もる音がさくさくと聞こえて私はどきどきする。
「体が浮いて、そのまま自分も泡になりそうだから」
「死体になったことないのになあ」
「ほとんど今、死体みたいなもんだけど」
風が強く吹く。体がだんだん雪の中に入っていく。
「寒いっすなあ」
目を開けると隣には死体が居た。
灰色の空からたくさん雪が降ってくる。


09/12/21 もこ
 

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「五年目の命日」


「運命の人なんかきっといないの」
母はパスタを器用にフォークに絡ませる。私はそれが羨ましくて真似してみるのだけれど、うまくいかない。
「極端なことを言えば、みんな誰とだって付き合える。人を好きになるのは赤い糸とか運命があるからじゃない。小さなきっかけとか、はずみみたいなもので、私たちは恋をするのよ」
「じゃあ、他の人と一緒になる可能性もあった?」
私はうまく巻けないパスタをすすりながら訪ねた。
「そうね。一緒に居れるんじゃないかな、と思う人はほかにもいたし、その人たちを好きになっていた可能性だってなくはないと思う。むしろそういう人たちの方が魅力的だったかも」
「それでも、父さんだったんだ?」
「小さいけれど、たくさんのきっかけをあの人はくれたから」母はしみじみとそう言って、ほほ笑む。「てんで不器用な人だったけれど、そういうところがとても可愛かったしね」
母は父のことを思い出すとき、本当に幸せな過去を覗くような、寂しさと懐かしさと暖かさを含むように笑う。私はそんな彼女の表情が好きだった。
「付き合って何度も喧嘩をしたし、結婚してからだって、あなたが生まれてからだって、この人じゃない人生があったんだろうなあと思うときがあった。やっぱりそういうのって人間だから仕方ないことなのよ」
その言葉は私の周りに溢れている、運命の出会いであるとか純粋な両想いであるとかを謳う物語なんかよりずっと人間的で、現実的だった。胡散臭い、陳腐なセリフよりもずっと信頼に値する言葉だった。
「でも、大事なことはやっぱり後悔しないことなの。だから私は、あの人でよかったと思ってる。運命の人っていえるほど魅力的じゃなくても、あの人はたくさんのものを私にくれたもの」
「うん」
「だからね、あなたも甘い言葉で運命を感じさせるような男に騙されちゃだめよ」
きれいにパスタを食べきって、彼女はそう言った。
私は頷きながら、彼女のフォークの回し方を真似てみるのだけれどやはり上手くいかない。
ふとリビングの片隅を見る。まだ幼い私を抱く父と、隣で笑う母の写る写真がある。あの日からもう十年が過ぎてたくさんのことが起きたし、たくさんのものを失ったけれど、母は変わらず真っ直ぐに笑っている。
流しに立ち、洗い物を始めた背中をぼんやりと眺めた。今の私は小さな後悔ばかりで、彼女の強さには遠く及ばない。
けれど、いつか私も。
「母さん」
「ん?」
彼女は振り向いて、私は微笑む。
「私も、母さんみたいになるよ」
彼女のように誰かと共に歩み、たとえその手を失っても、後悔せず笑う。そんな彼女みたいになろうと思う。
母は少し目を丸くして、それから写真と同じ表情で笑った。
「まずはパスタをうまく巻けるようにならないと、ね」
私はパスタをすすりながら、苦笑した。


09/12/21 もこ
 

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クロスロオド新刊が神憑ってやがる
これ新刊出るたび言ってるけどね


「知恵の実」


「魔法使いになりたいんだ」
「ふうん」
興味なさげに彼女は僕を見る。
「わりと真面目だけれど」
「なりたいならなればいいと思って。別に私はとめないよ」
彼女は言いながらココアを一口飲んだ。彼女のマグカップから漂う湯気が、この部屋を暖める。窓の外は晴天で軽い肌寒さを感じる程度だろうと僕は想像する。
「まあ、それはそうだけど」
「大事なのは宣言することでなく、きちんと実現することじゃない?」彼女はココアを飲み干したらしく、マグを流しに持っていく。「だから理由なんか聞かなくてもいいと私は思ってるの」
そう言われると僕は何も言えず、こくりと頷いた。
「さて、私は友達と約束あるから出かけてくるね」
彼女はさっとジャケットを羽織り、マフラーを巻いた。
「魔法使いになるなら、しっかり林檎を食べなさい」
彼女はそう言って笑うと玄関へ迎う。玄関に立て掛けてある箒を手に取り、ドアノブを回した。想像していたより冷たい風が部屋の温度を冷ます。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
彼女は箒にゆったりと座り、ぱちんと指を鳴らした。箒が宙に浮きあっと言う間に飛んでいく。
「俺も頑張ろう」
一人呟いて、僕はテーブルのうえの林檎を手に取り、噛った。


09/12/20 もこ
 

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「決断」


「ごめん。仕事中に」
僕の勤める工場の前のベンチで彼女は待っていた。僕は汚れたツナギ姿で彼女の隣に座った。
「いいよ、何?」
「うん」
彼女はぐっとベンチの背もたれに体を預け、猫みたいに大きく伸びをする。それからまた小さく丸まり、はあとため息を吐いた。それは彼女が何か悩みを打ち明ける前の癖のようなものなので、僕は気にしない。
「親と喧嘩したの」
ぶっきらぼうに彼女は言った。
「進路?」
「それもあるけど」彼女は悲しそうな顔をして、しばらく俯いた。「しばらくお説教して、私が話聞かないって分かるとあの人君の悪口言いだしたのよ」
「どんな?」
「あんな頭の悪そうな男と付き合うなって。君のこと、不良か何かだと思ってるの。馬鹿みたい。真面目に話したこともないくせに人の人格を決め付けるなんて」
僕は別に賢いわけじゃないし、学校にも行っていないので不良と言えなくもない。正直彼女の親の言い分は合っている。そういった評価を僕は受ける風貌をしているし、言われ馴れた評価なので傷つきはしない。
けれど、感情的な彼女にそんなことを言うと、火に油を注ぐようなものなので僕は頷くだけにしておく。
「成績優秀なインテリが頭良いなんて考え、旧時代的じゃない。私は年中参考書しか見ないで生きてる人より、多少馬鹿でも他人ときちんと向き合える人の方が賢いと思う」
「そうかもしれない」
工場の親父達は下品で偏屈だけれど、高校に行っていない俺を馬鹿にしないで怒ったり誉めたりしてくれる。彼らのそんなところはニュースで見るような偉ぶった政治家やどこぞの社長よりよっぽどまともな大人の姿に見える。
彼女は少し感情的になっている自分に気づいたらしく、一つ深く息を吸った。それから、ゆっくりと確かめるように口を開く。
「私は教科書や参考書しか知らない人生なんて嫌。もちろんそんなつまんない人と一緒に居るのも。でも分かってくれなかった」
「難しいね」
「あの人たち、特にお母さんが私を心配なのは分かってるし、それが幸せだとも思う。だから板挟みなの。私は自分でちゃんと選べると思っているけれど、まだ子供で、何も見えてないし。でも決まり切った人生なんて幸せになれない」
はあと彼女は溜息を吐いて、それからベンチの上に体育座りになる。
「君の悪口を言ったことは許せない。でも今までずっと面倒を見てくれた人たちを悲しませたりもしたくない」
それからしばらく彼女は俯いて、何も言わなかった。僕は頭が悪い。だから彼女にかけてあげられる言葉が分からない。黙って傍に居る、それが僕にできる唯一だ。背後の工場から、機材が動く耳障りな音が聞こえてくる。
「でも、選ばないといけない」
ぽつりと彼女は言った。
「うん?」
「適当に流されて、曖昧にして、決めないままにしちゃ、いけないでしょう」
「人生は、決断しなければ変わらない」
僕がそう言うと、彼女はふっと顔を上げ、微笑む。それはいつか彼女が僕に言った言葉だ。中学に馴染めず、だらだらと適当な毎日を過ごしていた僕を変えた言葉だ。あの時から彼女の持つ透き通った強さは変わらない。
「ありがと」
彼女はそっとベンチから立ち上がる。
「頑張る。分かってもらえなくても、ちゃんと言わなきゃ。ちゃんと決めなきゃ」
「うん」
「話、聞いてくれてありがと。また来るね」
いつものような、地面を確かに踏み締めるような歩き方で彼女は去っていく。僕はよっと声を上げながらベンチから立ち上がる。
後ろを振り向くと、機材をいつのまにか止めて親父たちがにやにやと僕の方を見ていた。
きっとまた下品な質問をして、彼らはげらげらと笑うだろう。
でも僕は彼女のお陰で彼らに出会い、たくさんを学んだ。僕のこの人生は彼女が居たからこそ在るものだ。
後悔はない。多分これからも、そうだろう。
僕は決断する。
彼女も決断する。
それが人生だ。
その決断の先に何があっても、僕達は後悔して逃げたりしない。
その先にある選択を、また決断するのだ。


09/12/18 もこ
 

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「幸福」


「神様はきっと優しくなんかない」
そう言ったのは、まだ純粋で真っすぐだった少女の自分だ。神様を憎んでいた、小さな自分だ。
だってこの世界は孤独に満ちているのだ。同じ人同士が互いを傷つけ合い、同じ孤独を分かち合えないまま、離れ離れになってしまうのだから。どんな幸せのあとにも、いつか別れがある。
だから、こんな世界を作った神様は、なんだかひどく意地悪な人のように思えた。
あの日からずいぶんと経った。
私はもうおばあさんで、たくさんの家族に囲まれていた。
今ここに、別れがあった。
私の魂はこの世界から少しずつ離れて、きっともうすぐ誰の目にも見えなくなるのだろう。それはいつかの自分が恐れた孤独だった。いつかの自分が憎んだ別れだった。
でも、もう神様を意地悪だなんて思わない。
たくさんのことを知った。たくさん泣いて、たくさん笑った。
彼と出会った。命を繋いだ。彼を失った。
たくさんの奇跡があった。
生きるということを知った。
この世界には孤独が満ちていた。みんな何かを満たすために生きていた。みんな何かを失わないように生きていた。溢れた悲しみや傷みがたくさんあった。
それでも確かに、感じられる温もりがあった。いつか失われる、けれど永遠に自分を支え続けてくれる優しさがあった。
この世界は、少女だった自分が思っていたほど悲しいことばかりではなかった。すくなくとも自分の見える範囲の世界は、たくさんの孤独に立ち向かい、生きようとしていた。その中で生まれたものがたくさんあった。
たくさんの孤独と共に、この世界には幸福が満ちていた。
そんな世界を作った神様のことを、私はもう憎んだりしない。
「神様はきっと優しくなんかない」
今でもその思いは変わらない。私は幸福だったけれど、この世界にはやっぱり孤独が満ちている。たくさんの悲しい思いや傷みがある。変わること無く、消えること無く、あり続ける。
それでも、私はこの世界が好きだった。
だからそれでいいと思う。それが多分、人間だから。
閉じていく意識の中で、もう一度この世界に生まれたいと思った。
またたくさんの人や、もの、景色達と出会いたいと思った。
それは多分、とても幸せなことだろう。
あの黒い虫を除いてはの話だけれど。


09/12/18 もこ

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