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「春休みの大学生の憂鬱」


洗濯物を干し、さて、と背伸びをした。
空は快晴で絶好の散歩日和といった天気だ。もう春も近いらしく暖かい陽気と、まだ微かに寒さを感じる風が心地いい。どこかに出かけたいと思いつつ、行く場所も会いにいく相手も居ないので、いつも通りだらだらと部屋の中で過ごすのだろう、とぼんやり思った。
部屋に入ると同時に軽い空腹を感じ、冷蔵庫を開ける。
「ミネラルウォーターとマヨネーズとキムチか」
流石にお昼ご飯をこれらで済まそうという気持ちにはならない。けれど自転車をこいでまで近所のスーパーまで行くのも億劫だ。
「コンビニにしよう」
アパートから徒歩一分もないコンビニで適当に済ませて、スーパーに行くのはその後でもいいだろう。
シャツの上にカーディガンを羽織り、いつものスニーカーで外に出る。
大学生になって初めての春休みはなんだか随分時間を持て余していて、その癖友人はみんな帰省しているせいで、することがない日々が続く。普段は長期休暇を望んでいるくせに、いざ長期休暇となると若干手持ち無沙汰になってしまうのは、大学になっても変わらないのだなあと知った。
そんなぐだぐだした日常の中で自分のしたいこと、自分のするべきことも見えず、そうやって自分はつまらない大人になっていくような予感がある。まるで気付かないうちに腐っていくような、微かな不安がもやもやになっているのだけれど、それをどう解消したらいいのかも分からない。
自分がこんなに何もない人間だなんて、中学高校では気付かなかった。そういうふうにみんな年をとっていくのだろうか。
ふらふらとコンビニに入り、週刊少年ジャンプを立ち読む。大して面白いというわけではないけれど、暇つぶしにはなるし、いいだろう。いつも通り最後にピューと吹く!ジャガーでくすくす笑い、それからジャンプを棚に戻した。
パックのココアとサンドウィッチを持ってレジに行く。行きつけのコンビニだけあって、カウンターの向こう側の見知った顔のおばちゃんが愛想よくレジを打ってくれる。
「今日は自炊じゃないの?」
おばちゃんが尋ねるので、苦笑しながら肩をすくめる。
「冷蔵庫の中、からっぽだったので」
「スーパー遠いもんねえ」
おばちゃんは笑って、はい、と袋とお釣りを渡してくれる。
「毎度おおきに」
おばちゃんのいつもの言葉を聞きながらコンビニを出る。外の陽気はやっぱり暖かくて、春だなあと改めて感じずにはいられない。
「春だなあ」
呟きながら空を仰ぐ。
自分が何もしていなくたって、季節は巡り、桜が咲いて、蝉が鳴いて、落ち葉が積もって、雪が降る。自分だけがどこか、世界から置いてけぼりにされているような孤独と不安で、少し悲しくなった。
「春だなあ」
もう一度呟き、太陽を目を細めながら見た。
暖かいその日差しの所為だろうか、部屋に戻る気が起こらず、アパートの前を通り過ぎる。
ふらふらと、歩く先に辿り着きたい場所がある訳でも、誰が待っている訳でもない。ただぼんやりと流され、ぼんやりと孤独と不安の中で生きているだけだ。
それでも、暖かい日差しが差している。
だから、今日は外でサンドウィッチを食べよう。
そう思った。
したいことも、するべきことも見えないけれど、それはきっと仕方ない。きっと生きているなら、いつかそれが見える時が来るのだと思う。
だから今は。
「春だなあ」
その陽気の中で、サンドウィッチを食べようと思った。


10/02/15  もこ
 

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「おやつの時間」


「なんていうかー、なにげにー」
何の脈絡もなく彼女は口を開いた。
「なに、いきなり」
僕は咥えていたメープルチュロッキーを口から離す。彼女は無言で僕の手に残ったそれを口に放り込みながら、うーんと呻る。
「語尾延ばすとすごい馬鹿っぽくなるっすよね」
「いや、それが何」
「そういう女の子、好きかなって」
彼女はいつもの気だるげな様子で、口元だけで笑みを作る。
「馬鹿っぽい女の子ってかわいいじゃないっすか」
「そうかな」
僕はあんまり好きじゃないかも、と呟きながらメロンパンを頬張る。彼女はふうん、と興味がないようにも見える態度で頷く。
「じゃあ先輩はどんなのが好きなんすか。女の子」
「どんなのと言われてもなあ」
「先輩の好みに合わせますよ、私のキャラを」
「なんでさ」
僕は苦笑しつつ、メロンパンを食べ切った。
「あ、妹キャラとかどう? きゃぴきゃぴしちゃうぞお兄ちゃん」
無表情でその台詞を言える彼女が恐ろしい。心なしか目がきらきら光っているような気がしないでもないのだけれど。
しばらく空気が凍るような沈黙があった。僕は唖然と彼女を見つめる。
「あー今のはやばかったかも?」
「かなり」
ですよねー、と肩をすくめながら彼女はまた口元だけで笑った。
「でもほんと、先輩、なんかやりますよ私」
「どういうサービス心なんだ」
袋を破り、中のクリームパンを二つに割る。片方をほい、と彼女に渡す。
「んー、そういう気まぐれも、いいかなって」
「ま、気持だけ受け取るってことで」
「つまんないっすねえ」
別段つまらなそうでもなく、彼女はもぐもぐとクリームパンを食べる。
「別にそのままがいいよ」
「はい?」
「キャラとか、別にいいって」
僕が言うと、彼女は眼を丸くする。
「そのままが、俺は好きだし」
僕は笑ってチョコデニッシュの袋を破る。
「あー、なんていうかー」
彼女は珍しくいつもの気だるげな表情を崩して、照れるようにはにかんだ。
「なにげにー、すごいー、恥ずかしいー、みたいなー」


10/02/14  もこ
 

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「ジンクス」


「黒猫って不吉って言うじゃん」
「うん?」
僕はDSの画面から目を離し、振り向きながらずれた眼鏡を掛け直す。
「黒猫は、可愛いけど」
「可愛いかどうかじゃなくてー。一般的なジンクスだよ」
「まあ、そうだね」
イギリスでは幸運の象徴だし、日本でも魔除けとされていたというのは口に出さず、僕は頷く。
「それって人間が勝手に決めた迷信だけどさ。逆はあるのかな」
「逆って?」
「んー、例えば、猫からしたらこういう人間を見たら、縁起が悪い、とかさ」
「はあ」
僕は曖昧に頷く。猫達のジンクス?
「具体的に」
尋ねると、彼女はうーんと首を捻り、それからすっと僕を見つめた。
「眼鏡を掛けた人間を見るのは不吉、とか」
「俺じゃん」
「例えばだよ。でも、あり得なくはない」
「あったら困る」
猫は好きだし、将来飼いたいと思っているのに。
「でも、猫に好かれないじゃん」
「まあ、そうだけど」
「猫に触ろうとしたら、大体怪我するしね、君」
「それこそ、ジンクスだ」
僕が肩をすくめ言うと、彼女はだからそれは、と口を開いた。
「やっぱり、眼鏡の人間は不吉だからなんじゃない?」
「はいはい」
僕はずれた眼鏡を掛け直しながら、DSに向き直り手にもっていたDSの画面をタッチする。
画面の中の猫が、嫌がるようににゃあと声を荒げた。


10/02/13  もこ
 

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「友人」


「ほら、これかわいくない?」
喫茶店の席、彼女は注文した紅茶を一口だけ飲み、ジッポを差し出してくる。私はまだ熱いコーヒーに砂糖を加えながらじっとそれを見る。
「なにこれ」
ジッポには小さなハートマークがついていた。シンプルだけれど、丁寧で凝っているデザインに見えた。
「かわいいっしょ」
「うん、可愛いんだけど」
へへ、と誇らしげに笑う彼女に、私は尋ねる。
「あんたタバコ吸わないよね」
へへ、と恥ずかしげに笑う彼女に、私は飽きれる。
「またそんな要らないもの買ったの?」
「違うよ、買ったんじゃなくてー。なんかねー、貰った」
「貰った? 誰に」
彼女はんー、と口元に手を当てた。その仕草は純粋そのもので、彼女の天性の可愛らしさみたいなものを強調する。
「なんかね、へんな人」
「ちょっと、へんな人って誰よ」
私が焦って尋ねると、彼女はふるふると首を振った。
「そんな怪しい人じゃないよ、心配性だなあ」
彼女はそう言って笑うけれど、今まで何度か男関係で苦い思いをしている彼女だからこそ、私は珍しく他人に心配なんてしているのだろう。
「なんかさ、毎月市内のほうでフリマやってるの知ってる?」
「ああ、うん」
毎月第三土曜に開催されている小規模なフリマは、老若男女を問わず、割と盛況と聞いたことがあるけれど。
「そこで一人で色々出してる女の子が居たの。すっごい可愛い人。アクセサリーとか売ってたんだけど。その人が、なんか無料でプレゼントって」
「へんな人って。女の子なら最初から女の子って言えばいいじゃないの」
「だってなんかへんな人だったんだもん。年上にも年下にも見えるって感じで、何考えてるのかなーって感じ。でもいい人だったけど」
「そう、なら、いいけど」
この子にしてみればこの世の大体の人はいい人になってしまうだろうから、私は話半分に頷いておく。
もう舌を火傷しない程度には冷めたコーヒーを一口飲み、カップが音をたてないように置いた。
「で、その変な子がくれた、と」
「うん。お守りなんだって。限定五個。凄くない?」
「別にブランドでもなんでもないじゃん」
「いいんだよ。気持ち気持ち。私これ可愛くて好きだし」
ふうん、と私は頷きながらお人好しだなあと溜息を吐いた。
どこの誰とも分からない女の子が配っていたジッポで、そんなに喜ぶだなんて。
けれど、彼女が嬉しそうにジッポを眺めながら微笑んだりしているところを見ると、やっぱり私はこの子のことが好きだなあと思う。
ずっと傍にいるわけでも離れるわけでもない、家族でも恋人でもない独特の距離感。彼女と私の間にあるこの感じを友情と呼ぶなら、多分私にとって本当に大切な友達は彼女一人だろう。
淡々と物事を受け取り、適当に受け流す私にとって、彼女の純正のまっすぐさ、や人を疑わないとことは衝撃的だった。他人から見れば馬鹿で間抜けに見えるかもしれないそれを、私はとても美しいと思う。
もちろんその天真爛漫を絵に描いたような姿を面倒だと思うことはあるのだけれど。
その煩わしさも含めて、私は彼女を友人だと思う。
コーヒーを飲む。彼女を見つめる。
ふと、彼女が私の視線に気づいたように、ジッポから目を離し私を見つめた。
「なに、なんで見てるの?」
「紅茶」
すっと彼女の前のカップを指す。
「冷めるよ」
「おわっと」
彼女はジッポをテーブルに置いて、慌てたようにカップを手に取る。
もう温くなっただろうそれを飲みながら、彼女は微笑む。
「ありがと」
「どういたしまして」
私は答えながらコーヒーを飲みきった。カップを置き、それからテーブルに置かれたジッポをすっと手に取る。
「で、お守りって言ってたけど。何のお守り?」
私が尋ねると、彼女はふふっと嬉しそうに笑った。
「ずっと、友達で居れますように、って」
カップで口を隠しながらはにかむ彼女が可愛くて、なんだかなあと私は照れた。



10/02/12  もこ
 

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「べん」



弦に触れる。べん、という軽い音が鳴る。
「あの」
「うん?」
私はギターのネックに触れながら、声をかけてきた後輩に向き直る。
「先輩、いつもそのギター持ってますよね」
彼女は興味深げに私のギターを指す。フェンダーサイクロン。
「うん、まあ、相棒っていうか。思い入れある子だから」
「へえ、どんな?」
彼女が尋ねるので私は肩をすくめながら、
「端的に言えば、元カレ」
と、苦笑した。
「えーなんですかそれー」
「んー元カレがーpillows好きで、私もハマって。彼がボーカルの山中さわおと同じモデル、つまりコレを持ってて、お下がりで貰ったの」
女々しい理由でしょ、と私は笑う。
それでも私は彼から貰ったこのギターを一生大切にするつもりだし、pillowsも聞き続けるだろう。
「今も、好きなんですね」
彼女は微笑み、まあね、と私は頷く。
「ま、色々あるからね」
彼と私の間には、多分簡単には人に話せない諸々がある。それは私を慕ってくれるこの後輩にも言えない、私と彼だけのこと。
誰しもあるそういった想いを、多分彼女は理解してくれているのだろう。それ以上は何も聞かず、彼女は笑った。
「そのギター、先輩に似合ってますよ」
「ありがと」
私も微笑みを返し、それからまた、弦に触れる。
いつか彼がこのギターに触れた時と同じ、べん、と軽い音が鳴る。


10/02/11  もこ

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