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「宇宙」


「それさあ」
「うん?」
彼は本から目を離して、すっと僕の手の中を指差した。僕が首を捻ると彼は興味ありげに笑う。
「なんか入ってるな」
僕は手に持っていた水槽を机に置いた。あまり大きくないそれの中には水以外には入っていないように見える。
「別になにも入ってないよ」
「ふうん?」
「できれば触らせたくないんだけど」
彼は不服そうに僕を睨んだ。
「なんでだ」
「こぼしそう」
僕が素直に言うと、彼はぱたんと本を閉じて立ち上がる。
「そういうふうに邪険にされると、逆に気になるよなあ」
「なんでさ」
「いいじゃねえか、こぼさねえから。ちょっと見せろって」
楽しげな顔で彼はふらふら机に近付く。
「気をつけろよ」
と、僕が言うか言うまいかというところで、床に置いてあった雑誌を彼が踏みつけた。
「あ」
「あ」
二人同時に声を上げる。馬鹿みたいな格好で彼が転ぶ。かしゃん、と情けない音がして、彼の手が水槽をひっくり返す。
世界が真っ暗になった。
「言わんこっちゃない」
返事はなかった。


09/12/30 もこ
 

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「全て」



「俺らって、別れると思う?」
彼が不意に聞いてくるので、私はぽかんとした顔をしてしまう。
「何その顔、可愛いな」
ふるふると首を振って、睨む。ごめんと彼は謝ってそっと私を撫でた。
「やっぱ先のことはわかんねえし。別れるかもだろ?」
それはそうだと私は思うけれど、やっぱりそういうのを考えるのは悲しいので不服な顔をする。
「まあ、やっぱ別れたくないよな。一緒に居たいって思ってるし」
こくこくと頷くと、嬉しそうに彼は笑った。
「そういうのは、やっぱそん時になって考えればいいよな」
私もつられて笑った。窓の外はもう随分暖かくなって、桜色がちらほら見える。
「お花見でもしようか」
私は頷いて、立ち上がった彼の横に立った。
言葉はなくても彼はいろいろなことを分かっている。夏は海に連れて行ってくれて、秋は焼き芋を買ってくれて、冬はサンタクロースの格好をしてくれる。春が来て、桜を一緒に見に行ってくれる。
一度だって話せなくても、彼は私を愛してくれている。私を部屋から連れ出してくれる。私の名を呼んでくれる。
他の誰もくれなかった全てを、彼がくれる。
だからせめて、
「行こう」
答える代わりに私は寄り添う。その手を握る。
握り返してくるその手を、私は離さない。
別れる日が来ても、今この時を忘れないように。


09/12/30 もこ
 

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「(^v^)」



「携帯って面白い?」
隣で携帯をいじりながら彼女は僕に尋ねる。
「いや、それ俺の台詞」
この一時間携帯をいじり続けている彼女が、ぼんやりと本を読んでいる僕に問いかけるのはおかしいと思う。彼女はじっと携帯の画面を眺め、僕を見ようとはしない。
「私は全然面白くないの。でもメールって、毎日くるじゃない。コミュニケーションじゃない。それって大切じゃない」
「はあ」
「だからね、延々来るメールに丁寧に返信してる訳。馬鹿みたいな言葉遣いで、絵文字も付けてる訳。そういうのが人間関係で大事なことな訳」
彼女は淡々と、言葉を繰り返しながら携帯を打つ。
「そういうのって、面白い?」
「それは俺に聞くものじゃないよ」
僕は肩をすくめながら、本に栞を挟んだ。
「だけどね、なんかどうしたらいいか分からないじゃない。繋がりが大事で、でもそれをしていると何もできなくなる。ただ大事にしなくちゃいけないことに縛られてるだけな気がする」
「うん」
「私自分じゃ決められない。だって私にとって何が一番大事なんて分からない」
僕はため息を吐いて、彼女が持っている携帯を奪う。
「回りくどいね」
「こんな顔でもかまってちゃんなの」
彼女は無表情という言葉を絵に描いたみたいな顔でこっちを向いて、それから口元をゆがめる。
「携帯じゃ簡単に笑顔が出せるのに」
「不細工で可愛いよ」
僕は壁に向かって携帯を投げた。かしゃっと音が鳴って彼女の携帯は真っ二つになった。彼女はそれを見て満足げな顔をする。
「こういう方が、きっとずっと面白いわね」
「どうかな」
彼女の腕が僕の首に回る。
僕はそっとキスをする。


09/12/29 もこ
 

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「景色」


「暑い」
じりじりと照り付ける太陽が憎くて目を細めた。僕は蒸れたシャツの中をパタパタと手で扇ぐ。彼女は片手に一眼レフを持ちながら、ぱたぱたと歩いて行く。
「なんでこのクソ暑い中、わざわざ制服で学校に来ないといけないんだ」
「だって制服じゃないと学校入れないし」
「わざわざ学校に来る必要ないだろ」
「この辺で一番高い建物、学校だしね?」
すたすたと前を歩いて行く彼女の短いスカート丈とシャツの上からでも透けて見える下着から目を逸らす。校内は夏休みにも関わらず、文化祭準備やら夏期講習やらで割と人が居た。
「屋上なんか開いてねえだろ」
「それが開くんだよ」彼女はポケットから鍵をちらつかせる。「文化祭準備がどうとかいってちょろめかして来た」
「おま、結構勇気あるな」
僕が呆れて肩をすくめると、彼女は誇らしげににひーっと口元を緩める。
「別に悪いことするわけじゃないから、いいじゃん。これもあるしさ」
彼女はそう言って手にした一眼レフを軽く振った。
階段を昇り、屋上に向う。上を向いて恥ずかしさにまた目を逸らした。壁に書かれた俗っぽい落書きが、いくつか目につく。
「じゃ、あけるよ」
「へいへい」
がちゃがちゃと鍵をいじり、彼女は錆び付いた扉を開ける。
光が、射す。
「うお、まぶし」
「溶ける」
目を細めながら、屋上に踏み出す。風が体を抜けていく爽快感。
「やっぱ屋上だと、結構風あるねえ」
ぱたぱたと彼女の髪が揺れる。さて、と彼女は空を見上げた。
「ほら、もう来てるよ」
僕もつられて顔を上げる。
「ああ、ホントだ」
「見れてよかった、こんな近くまで降りてきてるのは珍しいもの」
「普段は数百メートルは上だからな」
さて、と彼女は持っていた一眼レフを構えた。ぱしゃっとシャッターを切る音が鳴る。それを何度か繰り返し、彼女はファインダーから目を離した。
「いい絵は撮れた?」
「どうかなあ」
彼女は笑いながら空を見上げている。その景色は暑さを忘れるくらい清々しい。
「いいなあ、気持ちいいんだろうなあ」
クジラが空を横切っている。数十メートル先、大きな腹を見せて、クジラが飛んでいる。
彼女はクジラを見ていた。僕もその景色を見ていた。
彼女が居て、クジラが飛んで居て、風の吹く景色を。
うだるような暑さも忘れ、ただ見ていた。


09/12/28 もこ

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「毎日」


目を覚ました時、今日で世界が終ることを感じた。
誰が決めたわけでもない、今日の十一時五十九分五十九秒以下省略を最後にこの世界は消えてなくなる。らしい。
そしてそれは僕だけに与えられた啓示だった。
ブラウン管は今日も誰かが死んだニュースを流した後に、芸能人のスキャンダルで盛り上がっている。親は僕にしっかり勉強しろと説教を垂れ、友達は下品な冗談でゲラゲラ笑っている。先生は教科書を棒読みしながら、時々つまらない話をして一人で笑う。コンビニの店員は無表情でレジを打つ。
それはいつも通りの日常だった。最後の日にも、世界は変わらない。きっと僕だけがぼんやりと最後を最後らしく見届けるのだろう。そう思った。
最後の景色と思うと、周りの物すべてが愛しく思えた。
そうだ、今まで気づかなかったのが不思議なくらい世界は奇跡で満ち溢れている。
太陽や風や空、雲、木々や葉、花、土や、星や月、水、誰かの声、足音、さえずり、それらを含むこの世界。
僕は幸せだった。この世界に生まれてきたこと、ここまで生きてこれたこと、そして最後を迎えられること。その全てが幸せに満ちている。なんて愛おしい、なんて美しい世界。
夜、布団に入ってぼんやりと天井を見つめる。あと数分で世界が終わるのに、僕は満たされている。恐怖はなかった。ただ、僕は受け入れるだけでいいのだ。世界はそのようにできているから。
目を瞑る。終りが近づく。
終りが訪れる。
世界を飲み込んでいく。

*

そして僕は目を覚ます。
いつも通りの日常が待つ、新たな世界で目を覚ます。
再び世界の終わりを感じながら。


09/12/27 もこ

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