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「ジンクス」


「黒猫って不吉って言うじゃん」
「うん?」
僕はDSの画面から目を離し、振り向きながらずれた眼鏡を掛け直す。
「黒猫は、可愛いけど」
「可愛いかどうかじゃなくてー。一般的なジンクスだよ」
「まあ、そうだね」
イギリスでは幸運の象徴だし、日本でも魔除けとされていたというのは口に出さず、僕は頷く。
「それって人間が勝手に決めた迷信だけどさ。逆はあるのかな」
「逆って?」
「んー、例えば、猫からしたらこういう人間を見たら、縁起が悪い、とかさ」
「はあ」
僕は曖昧に頷く。猫達のジンクス?
「具体的に」
尋ねると、彼女はうーんと首を捻り、それからすっと僕を見つめた。
「眼鏡を掛けた人間を見るのは不吉、とか」
「俺じゃん」
「例えばだよ。でも、あり得なくはない」
「あったら困る」
猫は好きだし、将来飼いたいと思っているのに。
「でも、猫に好かれないじゃん」
「まあ、そうだけど」
「猫に触ろうとしたら、大体怪我するしね、君」
「それこそ、ジンクスだ」
僕が肩をすくめ言うと、彼女はだからそれは、と口を開いた。
「やっぱり、眼鏡の人間は不吉だからなんじゃない?」
「はいはい」
僕はずれた眼鏡を掛け直しながら、DSに向き直り手にもっていたDSの画面をタッチする。
画面の中の猫が、嫌がるようににゃあと声を荒げた。


10/02/13  もこ
 

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「友人」


「ほら、これかわいくない?」
喫茶店の席、彼女は注文した紅茶を一口だけ飲み、ジッポを差し出してくる。私はまだ熱いコーヒーに砂糖を加えながらじっとそれを見る。
「なにこれ」
ジッポには小さなハートマークがついていた。シンプルだけれど、丁寧で凝っているデザインに見えた。
「かわいいっしょ」
「うん、可愛いんだけど」
へへ、と誇らしげに笑う彼女に、私は尋ねる。
「あんたタバコ吸わないよね」
へへ、と恥ずかしげに笑う彼女に、私は飽きれる。
「またそんな要らないもの買ったの?」
「違うよ、買ったんじゃなくてー。なんかねー、貰った」
「貰った? 誰に」
彼女はんー、と口元に手を当てた。その仕草は純粋そのもので、彼女の天性の可愛らしさみたいなものを強調する。
「なんかね、へんな人」
「ちょっと、へんな人って誰よ」
私が焦って尋ねると、彼女はふるふると首を振った。
「そんな怪しい人じゃないよ、心配性だなあ」
彼女はそう言って笑うけれど、今まで何度か男関係で苦い思いをしている彼女だからこそ、私は珍しく他人に心配なんてしているのだろう。
「なんかさ、毎月市内のほうでフリマやってるの知ってる?」
「ああ、うん」
毎月第三土曜に開催されている小規模なフリマは、老若男女を問わず、割と盛況と聞いたことがあるけれど。
「そこで一人で色々出してる女の子が居たの。すっごい可愛い人。アクセサリーとか売ってたんだけど。その人が、なんか無料でプレゼントって」
「へんな人って。女の子なら最初から女の子って言えばいいじゃないの」
「だってなんかへんな人だったんだもん。年上にも年下にも見えるって感じで、何考えてるのかなーって感じ。でもいい人だったけど」
「そう、なら、いいけど」
この子にしてみればこの世の大体の人はいい人になってしまうだろうから、私は話半分に頷いておく。
もう舌を火傷しない程度には冷めたコーヒーを一口飲み、カップが音をたてないように置いた。
「で、その変な子がくれた、と」
「うん。お守りなんだって。限定五個。凄くない?」
「別にブランドでもなんでもないじゃん」
「いいんだよ。気持ち気持ち。私これ可愛くて好きだし」
ふうん、と私は頷きながらお人好しだなあと溜息を吐いた。
どこの誰とも分からない女の子が配っていたジッポで、そんなに喜ぶだなんて。
けれど、彼女が嬉しそうにジッポを眺めながら微笑んだりしているところを見ると、やっぱり私はこの子のことが好きだなあと思う。
ずっと傍にいるわけでも離れるわけでもない、家族でも恋人でもない独特の距離感。彼女と私の間にあるこの感じを友情と呼ぶなら、多分私にとって本当に大切な友達は彼女一人だろう。
淡々と物事を受け取り、適当に受け流す私にとって、彼女の純正のまっすぐさ、や人を疑わないとことは衝撃的だった。他人から見れば馬鹿で間抜けに見えるかもしれないそれを、私はとても美しいと思う。
もちろんその天真爛漫を絵に描いたような姿を面倒だと思うことはあるのだけれど。
その煩わしさも含めて、私は彼女を友人だと思う。
コーヒーを飲む。彼女を見つめる。
ふと、彼女が私の視線に気づいたように、ジッポから目を離し私を見つめた。
「なに、なんで見てるの?」
「紅茶」
すっと彼女の前のカップを指す。
「冷めるよ」
「おわっと」
彼女はジッポをテーブルに置いて、慌てたようにカップを手に取る。
もう温くなっただろうそれを飲みながら、彼女は微笑む。
「ありがと」
「どういたしまして」
私は答えながらコーヒーを飲みきった。カップを置き、それからテーブルに置かれたジッポをすっと手に取る。
「で、お守りって言ってたけど。何のお守り?」
私が尋ねると、彼女はふふっと嬉しそうに笑った。
「ずっと、友達で居れますように、って」
カップで口を隠しながらはにかむ彼女が可愛くて、なんだかなあと私は照れた。



10/02/12  もこ
 

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「べん」



弦に触れる。べん、という軽い音が鳴る。
「あの」
「うん?」
私はギターのネックに触れながら、声をかけてきた後輩に向き直る。
「先輩、いつもそのギター持ってますよね」
彼女は興味深げに私のギターを指す。フェンダーサイクロン。
「うん、まあ、相棒っていうか。思い入れある子だから」
「へえ、どんな?」
彼女が尋ねるので私は肩をすくめながら、
「端的に言えば、元カレ」
と、苦笑した。
「えーなんですかそれー」
「んー元カレがーpillows好きで、私もハマって。彼がボーカルの山中さわおと同じモデル、つまりコレを持ってて、お下がりで貰ったの」
女々しい理由でしょ、と私は笑う。
それでも私は彼から貰ったこのギターを一生大切にするつもりだし、pillowsも聞き続けるだろう。
「今も、好きなんですね」
彼女は微笑み、まあね、と私は頷く。
「ま、色々あるからね」
彼と私の間には、多分簡単には人に話せない諸々がある。それは私を慕ってくれるこの後輩にも言えない、私と彼だけのこと。
誰しもあるそういった想いを、多分彼女は理解してくれているのだろう。それ以上は何も聞かず、彼女は笑った。
「そのギター、先輩に似合ってますよ」
「ありがと」
私も微笑みを返し、それからまた、弦に触れる。
いつか彼がこのギターに触れた時と同じ、べん、と軽い音が鳴る。


10/02/11  もこ

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「哲学と夕飯、カレーライス」



「死ぬってなんだ?」
うちのマンションの屋上は簡単に柵を越えられる。不用心にも程があるのだが、柵の一部が何故か何本か抜けているのだ。ついでにマンションは六階建て、流石にここから落ちれば死ねるだろうってくらいの高さはある。
「死ぬってなんだ?」
で、そんな柵の向こう側に彼は居る。一歩後ろに下がるだけで一瞬にして私の視界から消える位置で、平然とした顔をして立っている。
「実感なんかわかねえよ。死ぬってなんだ?」
私は黙っている。多分何を言ったって聞こえない。
「なんで死ぬんだ?」
彼はぼんやりとした目で、はっきりと私に尋ねる。いや、それは私に対する言葉じゃない。彼には今、私なんて見えていない。彼は今自分自身と対峙している。これは彼の哲学。
「だって、俺のじいちゃんだってばあちゃんだって、親父だってオフクロだって生きてんだ。なのにみんな死ぬ。なんでだ?」
私はじっと彼を見る。少し短く切り過ぎた髪が夕方の風に揺れる。もう冬も近い。口から洩れる息が白い。
「よくわかんねえ。俺が生きて死んで、それでどうなるんだ?」
マフラーがぱたぱたと風に揺れる。
「そもそも、生きてるってのがなんなんだ。結局、俺はどうしたいんだ」
彼は今にも消え入りそうだった。彼は真面目だ。だからこそ自分自身に真っ直ぐに疑問を抱くし、そこに迷い、苦しむ。なんて人間らしいんだ、と私は思う。
私みたいにひねくれたり、適当に誤魔化したりしない、その強さが私は愛しいなあと思う。
「ねえー」
吹いてくる風に負けぬように私は叫ぶ。
そこでやっと、彼が私を見た。ぱちくりと、なんだ居たのか、みたいな目をする。
「たくさん考えて、分からないことはあるんだよー」
この世界は答えが出ないことの方が多分、多い。そういうものだ。
「だからさー、ゆっくり生きてみてもさー、いいじゃんさー」
彼の真っ直ぐな視線に私は微笑む。
「分かんないからって、死のうとすることなんかないよ。一緒に生きよう。生きて考えよう」
それでいい。迷いながら、考えながら、悩みながら、生きていけばいい。みんな死ぬのなら、そうした方がずっといい。
「そんでもって、カレーライス、食べよう」
私の言葉に、彼がすっと安心したように肩を下ろした。
「そういう、いいな」
ゆっくりと柵の壊れた部分をくぐり抜け、それから私の手を取る。
「辛口だと死んじゃうから」
「甘口、ね」
冷たい風が吹く。どこからか、美味しそうなカレーの匂いが漂った。
哲学の時間は終わり、夕飯の時間が始まる。


10/02/09  もこ
 

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「NEVER KNOWS BEST」


「俺と付き合ってて、楽しい?」
彼の言葉は橋の下の、暗い水の中に落ちていく。夜の河川敷は不気味で、先が見えなくて、まるで私みたいだ。
私は彼の問いに答えず、じっと闇を見つめている。
「俺はさ、ちょっと疲れた」彼が呆れたように言う。「別に嫌いとかじゃなくて、何考えてるか、わかんねえんだよお前」
そりゃそうだ、と私は思う。誰だって他人の考えてる事なんて分からない。多分この橋の下みたいな、闇と同じ。
「そういうさ、疲れた目で居られるの、もうきついんだ」
前振りはもういいよ、と私は肩を揺らす。多分、彼は気付いていない。吸い込む煙が、思考をじりじりと落ち着かす。
「一回、別れよう」
一回。機会があればもう一度、ということだろうか。
「じゃあ、行くから」
彼はいつもの、スニーカーの踵をすり減らす歩き方で、壊れかけの外灯が照らす道を歩いて行く。
咥えていた煙草をぷっと吐き捨てる。闇の中に、ほのかな赤色が落ちて、そのうちに闇に消える。
溜息を吐く。
一緒に居る時に感じる倦怠感が、どうして一人になると恋しくなるのだろう。面倒だと思っているものが、傍から消えた瞬間欲しくてたまらなくなるのは何故なのだろう。矛盾した気持ちが自分の中にあるのが煩わしくて、煙草が欲しくなる。カーディガンに入れていた箱に触れるが、既に中は空だった。
不足は充足であり、充足は不足だと、いつか誰かが言っていた。昔の彼氏だろうか。それとも援交相手だろうか。いまいち記憶があやふやだ。
こうやって自分が汚れていくことに、いつから慣れてしまったのか。
どこで選択を誤ったのか。
何が最良だったのか。
結局どこの誰も答えてはくれない。
今はとにかく煙草が欲しくて、その不足に私は苛立つ。自然と舌打ちが出た。吸ったところで何が満ち足りるわけでもないのだ。きっとあったらあったで、今しがた別れたばかりの彼への苛立ちが自分の中に広がるのが見える。
もう一度だけ溜息を吐き、橋の下を覗きこむ。
見えないその闇の先に、私は何も見つけられないまま、時間だけが淡々と過ぎていく。
どこかで、犬が鳴く。
「NEVER KNOWS BEST」
私の声が、私に届く。


10/02/08  もこ
 

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