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「失恋」


「別れようと思う」
不意に彼がそう言ったので何のことかわからずぽかんと口を開ける。
「え、なんて?」
「別れよう」
彼のきっぱりと言い切る言葉が頭の中で反芻する。
「そんな、なんで」
「なんでもなにも、ないだろ」
彼はタバコを一本咥え火を点ける。宙に舞う煙はゆっくりと空気に溶けていく。
「でも、そんな、いきなり」
「もう無理だなって。わかるだろ、世間体とか」
彼はじっとこちらを見つめてくる。自分の顔が引きつっているのが分かる。
何も言えず、しばらく沈黙が流れた。
「悪い」そう言って彼はさっと立ち上がった。「そういうことだから、もう会えない」
彼は携帯灰皿にタバコを突っ込み、そしてゆっくりと歩いていく。
待って、と口に出そうになるのを堪え、俯いた。自分には何も言う権利はない。彼の言葉は正しい。付き合って三ヶ月、何となくではあるけれど、もうこの関係を維持できないという直感があった。そして自分はそれを必死に留めようとしていた。
彼がそれを疎ましく思っているのも理解していながら。
だから自分には彼を留める権利はない。好きというだけで永遠に恋人で居られるわけはないのだ。
泣きそうになるのを堪え、息を吐く。
「また、ふられちゃったな」
声に出して言うとまだ気分が晴れた。髪をぼさぼさとかき、はあと溜息を吐いた。
「男好きになるのは、つらいなあ」
何がつらいと聞かれれば、そりゃあ色々なのだけれど。
「俺も男だもんな、しょうがないよな」
ふられるたびにそう思いながら、自分が好きになるのは同性で。
結局自分はそういう風にしか恋ができないのだし、きっと仕方ないのだろう。今は辛い気持ちを噛み締めて、思い出に浸ればいい。
僕はゆっくりと彼とお揃いの柄のタバコを咥え、火を点けた。
宙に舞う煙は、風に流されて遠くへと消えていった。



10/03/03  もこ
 

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「マーブルチョコレート」


駅の中央改札はもう九時を過ぎるのに込み合っていて、騒がしい。
私と彼はそこから少し離れた、丁度駅前の電波塔やライトアップされたビル群が見えるベンチに座っていた。
「チョコ、食べるか?」
夜風が冷たくて首をすぼめていると、横からマーブルチョコレートの筒を差し出された。ども、と頭を下げながら手を広げる。
どばっと、色鮮やかなチョコが片手に山盛りになる。
「ごめん、出過ぎた」
平坦な口調で彼は言いながらほぼ空になったらしい筒をポケットに仕舞い、私の手を皿代わりにぱくぱくと彼はチョコを口に運ぶ。
私も余った手でそれを口に放り込んだ。じわりと溶けるそれは甘く、口の中に広がっていく。
「マーブルチョコレート」
「うん?」
「マーブルチョコレートで例えると、私は何色?」
「オレンジ」
彼が即答するので私は驚いた。
「どうして?」
「オレンジが似合うから?」
彼はそう言って私の手の中からオレンジ色のチョコを口に入れた。
「じゃあ、自分は何色?」
「さあ、水色かな」
「適当言ってるんじゃないですか」
私がむっとして訊くと、彼は肩をすくめる。
「問題の意味がわからないから」
そう言ってホットのミルクティーを飲みながら、はあと息を吐いた彼は私をじっと見つめる。白くなった息が風に乗って消えていく。
「でもまあ、別に適当なつもりもないけど」
「そうなんですか?」
「オレンジ、似合ってるよ」
彼はまた一つチョコを食べながら言った。私は照れ臭くてマフラーに顔を埋める。水色も似合ってますよ、とは言えそうもなかった。
すっと視線を自分の手の平に向ける。
手の平の上のマーブルチョコレートは宝石みたいで綺麗だった。顔を上げて見えるビル群のきらびやかなライトよりも、月に伸びるような電波塔よりも、私はこの小さなチョコレートを綺麗だと思う。
それは多分、彼がいつもこの宝石を食べていて、私はそれを隣で見続けていたから。
なんだかじっと見つめていると泣いてしまいそうで、私はそれを一気に口に含んだ。
「どうした?」
「別に」
もごもごと口を動かしながら私は俯く。
「そっか」
彼はそう言うと、不意に立ち上がりぐっと背伸びをした。
「そろそろ、時間だから」
「はい」
私は立ち上がって、彼の顔を見た。
「これ、やるよ」
彼はポケットからマーブルチョコレートの筒を取り出し、私に差し出す。
「空じゃないんですか」
「ちょっとだけあるよ」
彼はそう言って、無理やり私のポケットにそれを入れた。それからすっと笑う。
「元気でな」
「そっちも、元気で」
私がそう言うと彼は大きいキャリーバッグを転がしながら、まだ人がざわめき合っている中央改札を抜けていく。振り返ることなく、颯爽と真っ直ぐに。
最後までカッコいい人だな、なんて少しだけ苦笑した。未練がましさなんて一つも感じないその姿に、悔しいけれど私は今も惚れている。
彼の姿が見えなくなったところでベンチに一人座り直した。寒くはあったけれど、すぐに帰る気にもならずポケットに手を突っ込むと、彼が無理やり渡してきたマーブルチョコレートの筒に指が触れた。
取り出し蓋を開けると、中から二つだけ残っていたらしいチョコがからからと音と立てて私の手の平に転がってくる。
「ああ」
声が漏れる。
オレンジと水色の宝石を、私はぎゅっと握りしめた。



10/03/02  もこ

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「空から見下ろす街と、君」


ばたん、と扉が閉まる。
座席に座りふう、と息を吐いた。
「久しぶりだね」
「うん」
彼女が嬉しそうに微笑むので、僕は照れながら頷く。徐々に窓の外の視界が空へと昇っていく。一ヶ月ぶりの対面もある所為か、彼女が可愛く見えて仕方がない。
いつものスカートと白いブラウスが、僕の胸を焦がす。
「背、伸びた?」
「どうだろ、伸びてるといいけど」
「成長期だから、きっと伸びてるよ。前よりすらっとして見える」
彼女はそう言って微笑む。僕はありがと、と呟き、そっと目を窓の外に移した。夕暮れに包まれる街が一望できるくらいの高さに、僕は少しだけぞくりとする。
「今日は、夕日がきれい」
彼女はそうぽつり、と漏らした。
「いつもより?」
「そうね。毎日乗っていると、ちょっとずつ小さな変化が分かるようになるの」
「今日は、夕日がきれい?」
「そう。昨日は曇り空の裂け目から漏れる光の加減がきれい。一昨日は西と東の空のグラデーションがきれい。明日は、きっと朝日がとってもきれい」
「どうして? 明日の天気が、わかるの?」
僕が尋ねると、彼女はうーんと首を捻った。
「なんとなく、かしら?」
「ふうん」僕は街を見下ろす。「一緒に朝日、見てみたいな」
「そうだね」
彼女が微笑む空気が、彼女の顔を見なくとも伝わってくる。その度に僕の心はざわざわと揺らぐ。
丁度、ゴンドラはてっぺんに辿り着く。焼けるような赤に包まれるその街は本当にきれいで、その光に目が眩む。
「ここからの景色、すきだな」
ぽつり、呟くと彼女はうん、と頷いてくれた。
「わたしも、すきよ」
その言葉にどきりとして、彼女の方を向く。彼女は微笑みながら、街を見ていた。
「うん」
僕は静かに頷きながら、赤色に染まる彼女のその輪郭をぼんやりと眺めていた。その姿は美しく、尊く、この世の全てのようにも思えた。
やがて夕日が沈み、深い群青色が空を覆い始める。観覧車はゆっくりと地上に戻っていく。
「もう、今日はおしまいか」
僕が呟くと、彼女は名残惜しそうに、うん、と笑う。
「また、来てくれる?」
「きっと」
僕は笑い、そして彼女の手に触れる。僕の手は彼女の手をすり抜ける。
彼女は悲しそうに笑う。
「必ずよ」
ゴンドラが降り場へと到着する。係員が扉を開けた。
僕は立ち上がる。
「必ず」
僕は係員に気付かぬよう呟いて、ゴンドラを降りた。冷たい風が、僕の首筋を抜けていく。叶わぬ恋を笑うような、寒々しい空気に僕は目を細める。
触れたい。そう思うたびに、胸が締め付けられる。僕が彼女に触れる事は、多分永遠に叶わないのだから。
一度だけ振り向いて、先程まで乗っていたゴンドラを眺める。それはいつのまにか、僕の背では届かない高さにまで昇っていた。観覧車は回り続け、僕と彼女を遠ざける。ゆっくりと、でも、確実に。
僕は、観覧車に住む幽霊に恋をしている。
その事実だけが、決して僕から遠ざかる事無く、胸に渦巻き続けている。
そんな気がした。

10/02/21  もこ

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「春休みの大学生の憂鬱」


洗濯物を干し、さて、と背伸びをした。
空は快晴で絶好の散歩日和といった天気だ。もう春も近いらしく暖かい陽気と、まだ微かに寒さを感じる風が心地いい。どこかに出かけたいと思いつつ、行く場所も会いにいく相手も居ないので、いつも通りだらだらと部屋の中で過ごすのだろう、とぼんやり思った。
部屋に入ると同時に軽い空腹を感じ、冷蔵庫を開ける。
「ミネラルウォーターとマヨネーズとキムチか」
流石にお昼ご飯をこれらで済まそうという気持ちにはならない。けれど自転車をこいでまで近所のスーパーまで行くのも億劫だ。
「コンビニにしよう」
アパートから徒歩一分もないコンビニで適当に済ませて、スーパーに行くのはその後でもいいだろう。
シャツの上にカーディガンを羽織り、いつものスニーカーで外に出る。
大学生になって初めての春休みはなんだか随分時間を持て余していて、その癖友人はみんな帰省しているせいで、することがない日々が続く。普段は長期休暇を望んでいるくせに、いざ長期休暇となると若干手持ち無沙汰になってしまうのは、大学になっても変わらないのだなあと知った。
そんなぐだぐだした日常の中で自分のしたいこと、自分のするべきことも見えず、そうやって自分はつまらない大人になっていくような予感がある。まるで気付かないうちに腐っていくような、微かな不安がもやもやになっているのだけれど、それをどう解消したらいいのかも分からない。
自分がこんなに何もない人間だなんて、中学高校では気付かなかった。そういうふうにみんな年をとっていくのだろうか。
ふらふらとコンビニに入り、週刊少年ジャンプを立ち読む。大して面白いというわけではないけれど、暇つぶしにはなるし、いいだろう。いつも通り最後にピューと吹く!ジャガーでくすくす笑い、それからジャンプを棚に戻した。
パックのココアとサンドウィッチを持ってレジに行く。行きつけのコンビニだけあって、カウンターの向こう側の見知った顔のおばちゃんが愛想よくレジを打ってくれる。
「今日は自炊じゃないの?」
おばちゃんが尋ねるので、苦笑しながら肩をすくめる。
「冷蔵庫の中、からっぽだったので」
「スーパー遠いもんねえ」
おばちゃんは笑って、はい、と袋とお釣りを渡してくれる。
「毎度おおきに」
おばちゃんのいつもの言葉を聞きながらコンビニを出る。外の陽気はやっぱり暖かくて、春だなあと改めて感じずにはいられない。
「春だなあ」
呟きながら空を仰ぐ。
自分が何もしていなくたって、季節は巡り、桜が咲いて、蝉が鳴いて、落ち葉が積もって、雪が降る。自分だけがどこか、世界から置いてけぼりにされているような孤独と不安で、少し悲しくなった。
「春だなあ」
もう一度呟き、太陽を目を細めながら見た。
暖かいその日差しの所為だろうか、部屋に戻る気が起こらず、アパートの前を通り過ぎる。
ふらふらと、歩く先に辿り着きたい場所がある訳でも、誰が待っている訳でもない。ただぼんやりと流され、ぼんやりと孤独と不安の中で生きているだけだ。
それでも、暖かい日差しが差している。
だから、今日は外でサンドウィッチを食べよう。
そう思った。
したいことも、するべきことも見えないけれど、それはきっと仕方ない。きっと生きているなら、いつかそれが見える時が来るのだと思う。
だから今は。
「春だなあ」
その陽気の中で、サンドウィッチを食べようと思った。


10/02/15  もこ
 

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「おやつの時間」


「なんていうかー、なにげにー」
何の脈絡もなく彼女は口を開いた。
「なに、いきなり」
僕は咥えていたメープルチュロッキーを口から離す。彼女は無言で僕の手に残ったそれを口に放り込みながら、うーんと呻る。
「語尾延ばすとすごい馬鹿っぽくなるっすよね」
「いや、それが何」
「そういう女の子、好きかなって」
彼女はいつもの気だるげな様子で、口元だけで笑みを作る。
「馬鹿っぽい女の子ってかわいいじゃないっすか」
「そうかな」
僕はあんまり好きじゃないかも、と呟きながらメロンパンを頬張る。彼女はふうん、と興味がないようにも見える態度で頷く。
「じゃあ先輩はどんなのが好きなんすか。女の子」
「どんなのと言われてもなあ」
「先輩の好みに合わせますよ、私のキャラを」
「なんでさ」
僕は苦笑しつつ、メロンパンを食べ切った。
「あ、妹キャラとかどう? きゃぴきゃぴしちゃうぞお兄ちゃん」
無表情でその台詞を言える彼女が恐ろしい。心なしか目がきらきら光っているような気がしないでもないのだけれど。
しばらく空気が凍るような沈黙があった。僕は唖然と彼女を見つめる。
「あー今のはやばかったかも?」
「かなり」
ですよねー、と肩をすくめながら彼女はまた口元だけで笑った。
「でもほんと、先輩、なんかやりますよ私」
「どういうサービス心なんだ」
袋を破り、中のクリームパンを二つに割る。片方をほい、と彼女に渡す。
「んー、そういう気まぐれも、いいかなって」
「ま、気持だけ受け取るってことで」
「つまんないっすねえ」
別段つまらなそうでもなく、彼女はもぐもぐとクリームパンを食べる。
「別にそのままがいいよ」
「はい?」
「キャラとか、別にいいって」
僕が言うと、彼女は眼を丸くする。
「そのままが、俺は好きだし」
僕は笑ってチョコデニッシュの袋を破る。
「あー、なんていうかー」
彼女は珍しくいつもの気だるげな表情を崩して、照れるようにはにかんだ。
「なにげにー、すごいー、恥ずかしいー、みたいなー」


10/02/14  もこ
 

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